うぐいすの音

中2の女子が運営しているブログ。本のレビューなどしていきます。

中学生が考えた「地球が何回回ったとき」ー簡単です

こんにちは。今回は、私が研究(大げさです)した事を書こうと思います。
 ここでは、私の通学路が途中まで小学生の通学路ともかぶるので、小学生の会話を聞きながら登校と言うこともままあります。このまえ、久しぶりに聞いたなと思ったのは、「それって何年何月何日何時何分地球が何回回ったとき?」でした。たぶんみなさんも一回は言ったor聞いたということがあるのではないでしょうか?私がこれまで聞いた切り返しは、「地球が何回か回ったとき」「地球がこれまで回った分回ったとき」「地球が46億年分回ったとき」等でした。
 ここで思ったのが、実際には何回なのだろう?ということでした。ここで考えたのがまず、地球が生まれてからたった年数×365でした。地球が生まれてからたった年数は46億年ではなく、45.6億年としました。これは、なんかの本で得た知識です(何の本かは忘れました...)。それででる値は、1兆6600億回でした。そこで、これが正しいかを確かめるため、ネットで探してみることにしました。
 今の時代、ネットには何でものっているものだから、これぐらい乗っているだろうと思って調べたら、本当に何人も考えている人がいましたが、それは全部3兆台で、違うことがわかりました。
 このとき、youtubeで私がよく見るチャンネルに、ズバリ地球が何回回ったかを調べる動画があげられている事に気づきました!正直言うと、話している内容は、よくわからなかったのですが、衝撃の事実がわかりました。地球は、ずっと24時間で一回回っていたわけではなく、最初は5時間単位で回っていたことがわかりました。つまり、45.6億年で19時間遅くなっています。わり算すると、1時間遅くなるのには2.4億年かかると言うことがわかります。
 ここから、私は2.4億年ごとに何回地球が回ったのかを考えることにしました。中学二年なので、難しい計算方法はわからず、ネットにあげられている情報もわからなかったので、すべて手で計算しました(なんか負けた気がしたので電卓は使っていません。自分でできないと思ったら使いますが、今回はいけると思ってしまいました...)。
 2.4億年でx時間回るとしたとき、2.4億×365×24(2.4億年分の時間)÷xとすれば、何回回ったのかがもとめられます。2.4億×365×24は、計算すると21024×10の7乗となります。これを、5時間から24時間まで計算しました。

時代      周期   回数(×百万

45.6億年前    5時間   105120 
43.2億年前    6時間   126144
40.8億年前    7時間   147168
38.4億年前    8時間   168192
36億年前     9時間   189216
33.6億年前   10時間   210240
31.2億年前   11時間   231264
28.8億年前   12時間   252288
26.4億年前   13時間   273312
24.0億年前   14時間   294336
21.6億年前   15時間   315360
19.2億年前   16時間   336384
16.8億年前   17時間   357408
14.4億年前   18時間   378432
12.0億年前   19時間   399456
9.6億年前     20時間   420480
7.2億年前     21時間   441504
4.8億年前     22時間   462528
2.4億年前     23時間   483552
      今   24時間   504576

こうして計算した値を、全て足すと、答えは3兆6484億になりました。ネットでも、3兆6489億回など、とても近い値がでているので、だいたい中りだと思います。
 地球が誕生してからの正確な日数がわからないので、しっかりと答えを出すのは無理だと思いますが、これが私のできる限界かなと思いました。ネットで乗っている計算は、高度のものが多く、私には理解できなかったので、私のレベルにあわせて計算してみました。
 ちなみに、地球がこれまで何回回ったかを一桁まで詳しく出しているくまもんを使ったアプリがあるそうですが(友達が見せてくれました)、それは数的には地球の自転スピードの変化を考えていないものだと思います。
 と言うことで、地球が何回回った日?と聞かれたら「よくわかんないけど約3兆6484億回だよ〜」と答えておいてください(笑)。

 最後までお読みくださりありがとうございました。もっと詳しく書いていらっしゃる人が他にもいるので興味があったらぜひ読んでみてください。

「何時何分何秒地球が何回回ったとき」 問題を真剣に考えてみた - 天気晴朗なれども奈美高志くん

 


【理系】大学生が本気出して地球が何周したのか計算してみた

壮行会ってなんだっけ…

 こんにちは。お久しぶりです(汗)。

もう五月も終わろうとしていて、私の住んでいるところでは今色々な大会が始まろうとしています。

 私は今まで、何回か学校のやることに反発した文を書いて来ました。多く書くことのないようにとは思っているのですが、今回少しびっくりしたことがあり、備忘録とし書いておこうと思いました。

 

 私が今いる学校は、普通の公立中学校なのですが、部活動にとても力を入れています。平日は週4ぐらいで、朝練もそれぐらいで7:30ごろに始まります。放課後は5時6時までやっていますね。休日も土曜は午前中にあり、大会前は休日返上もあるそうです。ゴールデンウィークや夏休みなどの休みでも、半分は4時間ぐらいの部活があると聞きます。テスト前も、私が前いた学校では1週間前に部活は停止しましたが、ここでは三日前です。しかも、陸上部は大会がテストの二日後だったので、テスト前日も少し放課後に部活があったそうです。

 今書いていて、改めてすごいなと思いました。私は部活に入っていないので、今書いた話もあってないところがあるかもしれません。ただ、私はこの校風?が好きにはなれません。そう思っていたところに、この前衝撃の行事が来ました。

 

 それが、壮行会です。そろそろ、私のいる地域では大きな大会が始まります。その先駆けとして、陸上部の大会があったわけですが、その応援として、全校生徒が集まって壮行会を開きました。

その手順はこんな感じです。

  1. 全校生徒が入場して座った後応援団長の話し
  2. 応援団とともに、校歌・応援歌・三々七拍子の練習
  3. 5分くらい待たされた後に予定が狂ったみたいでもう一回練習
  4. 陸上部入場(吹部の演奏と拍手付き)
  5. 校歌・応援歌・三々七拍子
  6. 生徒会長・校長のお話
  7. 陸上部部長の話し
  8. 陸上部退場(吹部の演奏と拍手付き)

...さすがに驚きませんか?まあそりゃあ確かに応援はうれしいと思いますけど、地区大会のレベルから壮行会をやるのは少し珍しいのでは… 母に聞いた所、母の通っていた高校でも壮行会はありましたが、県・全国レベルでない限りやらなかったそうです。

 

 何回か思っていますか、少し軍隊のような所があるのでは…

ステージに上がったユニフォームをきた陸上部に皆で応援歌を歌い、拍子を取り、右手を突き上げてオーという。やるのを見て、少し目が丸くなりました。

 

私だったら、その壮行会はいりません。みんなが律儀にやってくれてるから良い物の、私から見ても嫌々やっている人が何人かいました。私から見てこれなのですが、下がよく見えるステージの上からはどれぐらい見えたのでしょうか。私のように大会に関心のない者もいるので、皆で寄せ書きなども難しいのかもしれませんが、まだその方が私はうれしいと思います。もしこれが伝統ではなく、一教師が提案した事なら、実行されていたのでしょうか。全校を動かすほどの行事になっていたのでしょうか。どれほどの価値があるのだろうか、少し疑問に感じました。

 皆さんのいる/いた学校にも、壮行会はあります/ましたか?壮行会は選手達に応援の気持ちを伝える為にあるらしいです。どれほど伝わるのでしょうか。

 最後までお読みくださりありがとうございました。

 

注;私は、別に大会に出る方を応援したくない訳ではないです。これまで努力してきた  成果を出していただけるよう、応援する気持ちはあるので、誤解しないでください (笑)。このブログは、その手段を問うための物となります。大会に出場する方、が んばってください!

見る景色が違う!

こんにちは。うぐいすです。今回は、完全に備忘録としてのブログになります。
 私が引っ越ししたことは、前々回でもふれましたが、今回は、家が違ってからの相違点について書いてみようと思います。
 私は、東京の方にすんでいて、そこから長野県の片田舎に移りました。東京では、学校まで3分でしたが、ここでは学校まで30分です。私の家は、学校まで2キロとちょっとと言う距離なのですが、学校では、3キロより遠くにすんでいる人なら自転車通学を許可しているようです。最初は、3キロかかる人なんていないだろうと思っていたのですが、いざ登校すると、確かに自転車で来ている人が何人かいました。私は、登校する間時間がかかるので、歩道では本を読みながら歩いています。また、登校するときの景色が当然違います。東京で見えたのは、住宅・ビル・コンビニ・せいぜい公園と言うところでしたが、ここでみえるものは、一戸建ての家々・山・林・児童の登校班(東京にもありましたが、数が段違いです)と言ったところでしょうか。
 毎日山を見ながら登校して、山を隣に授業を受けて、いつも山が見える状態にあります。東京の人はコンビニがないと不安になりますが、こちらの人が言うには、長野県民は山が見えないと不安になるそうです。生まれたときから慣れ親しんでいる風景ってやっぱり影響力があるんですね。私の中学校の学校目標・校歌、弟の小学校の学校目標・校歌、どちらにも山の名前が入っています。私からしたら、学校目標にまで入っているのは、少し引くレベルですが、郷土愛というのはあるんだなと思いました。私もここで住んでたら郷土愛ができるのでしょうか。山への愛よりも、野沢菜こうや豆腐(全国シェア率98%)への愛の方がすぐに生まれるのは間違いありませんが...
 ここでは、何をするにも車が必須です。駅に行くのに2キロ、コンビニも1キロとちょっと。歩くのが好きな人なら苦にならないかもしれませんが、私たち家族は、運動嫌いの集まりです。ですから、車がないと生きていけません。でも、東京にすんでいれば駅なんて10分でいけるし、東京どこでも電車で行けます。要するに、私の両親は、超がつくほどのペーパードライバーです。そんな人たちが通勤に山道を走ります。いつ何が起こるかと冷や冷やものですが、まあ無事に走ることを祈るしかないですね。
 学校での違いも相当なものです。まず、広さが段違い!そもそも、私のいた中学校が築ウン十年なのに比べて、ここは築10年も生きません。学校自体は歴史あるところらしいですが、新しい校舎なので、暖かいです。そして、中庭があります。中庭ですよ!?私のいた中学の体育館と同じレベルの広さです。それとは別に、広い校庭があって、体育館もとても広いです。そして、校則の緩さも違います。これにはびっくりしたのですが、ここの方が断然校則が緩いです。
 例えば、髪で言うと前の学校は、
・肩に掛かるなら一つ縛りor二つ縛り
・ゴムの色は黒・茶・紺
・ピンの色は黒
・眉にかかったら前髪は切る
・三つ編み・編み込み・お団子禁止
でしたが、今の学校は、
・髪は結んでもおろしてもいい(体育の時は結ぶ)
・ゴム・ピンの色制限なし
・控えめならシュシュもバレッタもok
・髪型も特に制限なし
です。靴の色の規制もなくなりました。
 そして、前の学校より制服がかわいいです。前は、セーラーでしたが、今はブレザーで、東京の公立よりかわいいと思います。ただ、ここでは、制服をそんなに着ません。東京ではジャージ・運動着は体育の時のみでしたが、ここでは実技・技能教科と理科、掃除の時はジャージなので、登下校の時のみ制服と言うことも良くあります。さすがにジャージは前の学校の方がいいかな...
 他にも、色々驚くことはありましたが、今回はここら辺までにします。新しく友達も出来、何とか楽しくやっていけそうです。最後までお読みくださり、ありがとうございました。

ISAKでの「革新的な教育」に関するカンファレンス

皆さん、お久しぶりです(汗)。うぐいすです。

今回は、ISAK(アイザック)という学校で行われたカンファレンスにいってきたので、それに関する記事を書こうと思います。

 まず、UWC ISAK Japan とは長野県の軽井沢に位置する3年生の全寮制インターナショナルスクールです。キャンパスには、多くの国から来た人たちがいて、それらの人々が学校で国際バカロレアという教育法をもとに学びます。73ヶ国の留学生が、一つ所に集まって学びます。ISAKには、多くの国からの学生だけでなく、先生も色々な国から来ていて全ての授業が英語で行われます。

 また、ISAKの特徴として、国際バカロレア(IB)のカリキュラムを取り入れている事もあげられます。IBとは授業の仕方の事で、日本の教育とは大きく異なります。例えば、ISAKでは教材は先生が作るか、新聞など時事問題を扱っている物を使います。また、授業の仕方も先生から生徒への一方通行ではなくて、ディスカッションやディベートなど、各自が話し合い深められるような物となっています。教師はファシリテーターとして、生徒の意見を整理したり学習の手助けをする存在となっています。教室も、一つの教室に固まって座る事はなく、授業によってどこでやるかが決まります。座る席は等分したように綺麗になっている訳ではなく、生徒が話しやすいよう、バラバラになっています。生徒数も、公立校なら30人いるのが普通ですが、ISAKでは15人と人数がとても少ないです。また、国際バカロレアの評価法は、海外でも正確だと認められています。外部評価として、生徒と関わりのない先生にテストなどで評価してもらい、内部評価として、IBで決められている細かい基準から担当の先生が評価をつけていきます。

 日本でも、IBが推奨され始め、2018年までにIB校を200校作るという計画を政府が立ち上げました。目標には達しませんでしたが、今日本でIB校は広まってきています。

 今回は、そんなISAKで開かれた教育に関するカンファレンスにいってきました。長野県に引っ越しした事で行きやすくなったのがうれしいです。

このカンファレンスは、午前9時から午後4時までの7時間にわたって行われました。この目的は「近代の情報社会に置ける、リーダーシップと、変革を起こす教育についての対話を強化するよう日本中から集まった教師・生徒に促す事」です。ざっくりまとめると、時代とともにかわる教育に目を向けるためつくられた機会でしょうか。

 プログラムは、休憩を挟み三つに分かれた形になります。まず、社会の変化と教育について3人の方が話し、次に、ISAK関係者の4人の方が話します。そして、ご飯と校内見学を挟み、インフルエンサーと呼ばれる3人の方がお話をします。最後に、学校設立者の方が少し話をして、Q&Aをこなした後終了する感じです。

 話は日本語か英語で行われ、同時通訳も行われるとともに、終了後に日本語の場合は英語、英語の場合は日本語で、一分間で要約が話されます。なので、英語がわからない人でも大丈夫な仕組みでした。

 話は正直私には難しくて良くわからなかった所もあったのですが、いくつかを紹介しようと思います。

 

 一番最初に話された方は、ISAK卒業後会社を作り、3Dアバターを使ったカラオケアプリを開発しました。最初は全く売れなかったのですが、利用者に欠点を聞いて改良した所、2週間で500人以上のユーザーができ、よいレビューも多くなりました。

 このかたは実体験を通して、「世界を変える事はそう簡単にできる事ではないし変えられるのは本の人切りの人間だ。そして、世界を少しでも変えたいのなら、一歩一歩進んでいき、小さい事も見逃さないようにした方が良い」とおっしゃっていました。

 

また、ISAKの在校生からも、スピーチをした人が何人かいました。その中の一人は、ベネズエラ出身の方で、「教育を受ける事が夢」という方でした。

 彼女はベネズエラで教育を受けたいと願っていましたが、大統領が代わった事による混乱や、大規模な停電、ストライキによって、学校に行けない事が多くありました。トラブルに続くトラブルの中、学ぶために大学受験を受けようとしましたが、学校に満足に行けていなかったせいで、受験に出る内容をしっかりと学習できていませんでした。一般的な知識を知らなかったのです。

 彼女はそこからがんばって勉強し、最終的に4つの大学を受け3つの大学に受かりました。それとは別に、受かるはずがないと思っていたISAKにも受かったので、今は軽井沢で勉強しています。彼女のいっていた事は、「やる気で勉強はできる。そして、勉強をただ教えるだけではなく、学ぶ方法を示してくれる先生が学びには大切だ。そして、課題の後の先生によるフィードバックは大切にしなければならない」という事でした。

 

 他にも、不確実性についての話や指数関数的な変化など、色々な話がありました。

特に、脳科学にもとづいた教育を重視した人の「500分の1という数字を大きく見るか、小さく見るか」という話がありました。たとえ確率が低くとも、500回やったら必ず1回にたどり着く、あり得ない事はないという話が、とても印象に残っています。

 

今回のカンファレンスは少し内容が難しい面もありましたが、今どのように教育が動いているのかを知る良いきっかけとなったと思います。とりあえず、私なりに理解は多分できたので、そこはとてもうれしかったです。最終的にこれをどう生かしていけるかはまだわかりませんが、良い経験になったのではないのでしょうか。

 

 最後までお読みくださりありがとうございました。英語で話された部分も多く、日本語でも知らない単語がいくつかあったので、正確に書けていないかもしれません。間違っている所がありましたら、遠慮なくコメントください。

 

Home - UWC ISAK Japan/JP

aboon   

株式会社tyotto(ちょっと)教育で世界をちょっと良くする

DAncing Einstein(ダンシング・アインシュタイン) – 未来の教育と学習をデザインする

ISAKのホームページと、カンファレンスにいらしていた会社のホームページです。

 

ご報告:引越ししました

 こんにちは。うぐいすです。今回は、引越しのご報告をしようと思います。

今まで都内に住んでいたうぐいすですが、今回引っ越ししました!父親の仕事の都合で、長野県に家族で引っ越す事になりました。

 私のこれまでの引っ越しは、イギリスに行った時だけ(私が生まれてすぐに今までの家に引っ越したそうですが、それはのぞきます。)なので、少し不安ですががんばろうと思います。

新しい家は一軒家で、築5年ほどの綺麗な家です。家にある暖房器具が〈薪ストーブ+ホットカーペット+小さい電気ストーブ一個〉という装備で、薪ストーブをうまくつけなければ冬を越せません。長野の冬は、“東京の気温−10度”という感じで、本当に寒いです。ちなみに今もまだ寒いです。氷点下普通にいきます。だから、薪ストーブをうまくつけようとするのですが、いかんせん薪ストーブなんて見るのも初めて!な家族ですから、悪戦苦闘してばっかりです。

 薪をまず割って、ストーブの中に小枝などと一緒に入れて燃やす...  書くとこれだけなのですが、これが難しすぎます。

 まず、薪は丸太をチェーンソーでサイズを小さくしてから斧で割るのですが、そのチェーンソーがありません!引っ越してすぐなので、チェーンソーがないのです。前に住んでいた方が丸太を斧で割れる状態にして少し残してくれたのですが、それもそろそろ残弾わずか...  本当は、薪の状態にしてから乾かさなければいけないのですが、その時間も取れません。それに間に合わないほど薪の消費が速いのです。

 次に、薪と一緒に燃やす小枝を拾います。もちろん細い方が火は速く移りますが、少し太い物も用意しないと薪に燃え移る前に消えてしまいます。だから、枝のサイズもピンからキリまである方が良いです。松ぼっくりも火が移りやすいので拾っておくのが良いです。

 そして火をつけます。薪ストーブの中に小枝から薪を細い物を中心に近づけるように櫓状にくんでいきます。くみ終わったら着火材を使って火をおこし、それがだんだんと期に燃え移っていく...というはずなのですが、火(空気)の通り道をうまく作らないとそもそも火がすぐに消えるし、思っている方向に火が燃え移ってくれないので、とても難しいです。木も、松などの木はすぐに火が移るけど火持ちはよくないし、ナラの木などはある程度暖まっていないと火がつかないけど火持ちは良い...  本当はそういう木の種類も考えなければなのですが、そこまで余裕がありません。小枝もすぐになくなってしまいますし、ずっととっている訳にもいきません。

 

という事で、薪ストーブの事も気がかりですが、他にもいっぱい...  例えば、今まで学校への登校時間が5分もあれば十分だったのに、今は30分かかります。忘れ物なんか絶対できません。コンビニも近くにないし、少し今までとは暮らし方が変わると思います。

 でも、近くに山も温泉もあるし、食べ物もおいしいし、学校も新しいし広い(今まではものすごい古い校舎でした)ので、楽しい生活ができると思います!

 

これからもがんばっていきます!それでは引っ越しのご報告を終わります。

最後までお読みくださりありがとうございました。

ズッコケ三人組はなぜ面白い?

こんにちは。お久しぶりです。今回は、あの有名な「ズッコケ三人組」を紐解いてみようと思います。

 『ズッコケ三人組』は、皆さんもご存知のように、愉快な小学三人組がいろいろな冒険?をくり返すシリーズ本です。1978年に始まって以来、愛され続けて、2004年に50作目の『ズッコケ三人組の卒業式』でシリーズは終わりになりましたが、翌年の2005年から40歳になった『ズッコケ中年三人組』シリーズが終わり、2015年に50歳となった『ズッコケ熟年三人組』で完結。それ以来、三人組は表れていません。

 私は、このうち、『ズッコケ三人組シリーズ』は制覇、『中年三人組』も何冊か読みました。家に『ズッコケ三人組』が多かったわけではなく、5冊あったかどうかというほどだったのですが、私も弟もこの本のとりこになり、月に何回かの図書館では、毎回『ズッコケ』シリーズの前でどの本を借りるか長考&読書を数時間は毎回していました。

ここで、なんでこんなに『ズッコケ』が好きなのかな~と思いました。

この頃は、ズッコケシリーズをそこまで読まず、ラノベをいっぱい読んでいました。だけど、この前ふとしたきっかけで『ズッコケ』をもう一回読んでみたら、昔と同じようにはまってしまって、結局その日は1日ズッコケを読むことになってしまいました。

 ズッコケが面白い理由は、何でしょうか。

まず、題名から行ってみましょう。私は、何か本を選ぶとき、70%は題名で決めます。ズッコケの題名で印象的な点は、やはり全てが「ズッコケ三人組の」から始まることでしょうか。それにより、ズッコケ三人組の存在が強調されているように感じます。

 では、その三人組にはどのような特徴があるでしょうか。ハチベエハカセ、モーちゃん。この三人組が「ズッコケ」のどのようなスパイスとなっているのでしょうか。この三人はキャラが濃いですが、ちょうどそれがうまく折り合ってバランスのよい話しとなっているのでしょう。ハチベエは、どんな危険も大抵は顧みず、突っ込んでいくタイプ。それをハカセが理屈でとどめ、時々起こる軋轢を緩和するのがモーちゃんです。クイズに関する話をしているところから分かりますが、ハカセはいろいろな雑学を知っています。しかし、芸能関係は弱く、スポーツもあまり分からない。そこ埋めるのがハチベエやモーちゃんと、色々バランスが取れています。体の大きさも大中小、この三人のバランスの良さで、ズッコケはおもしろくなっているのでしょう。

 また、「ズッコケ」の話も、いろいろな内容があります。いろいろな事件に巻き込まれ、推理の必要が出てくるような話。学校生活や、放課後に起こる親近感のある話。心霊モノの体験談や、冒険ものがあるかと思えば、タイムスリップものもある。このようなジャンルが多いことから、話に飽きないので、ずっと読んでられるのだと思います。

 

まとめてみて、ズッコケシリーズはうまく作られているなと思いました。面白いのにはそれなりの理由があるのですね。皆さんも是非読んでみてください。

最後までお読みくださりありがとうございました。

丸山昭の「トキワ荘実録」を読んで

 

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お久しぶりです。遅くなってすみませんでした。今回はブクレポを久しぶりにしようと思います。
今回読んだ本は、丸山昭さんの書いたトキワ荘実録 手塚治虫と漫画家たちの青春 という本です。編集者が、相手をした漫画家さんたちのエピソードを書いている文庫本で、漫画文化の花開いた昭和30年代を鮮やかに書いた本となっています。
この本を手に取ったきっかけは、端的にいうと読みたい本がなくなったからです。家には多くの本がありますが、私は新書と名作系が苦手で、ラノベしか読みません。

 

chirpspring.hatenablog.com

 

時々新書を読もうとしますが、自分の興味に会わなければすぐやめます。そんな感じですから、もともと中身のないラノベが多くない家なので、自分で買った本を読む感じになります。でも、流石にずっとそれだと飽きるので、なにか、小説みたいな読みやすい本がないかと家を漁って出てきた本がこの本です。
トキワ荘は、皆さんご存知のように、手塚治虫藤子不二雄など、多くの漫画家たちが住んだアパートです。このアパートで、どう人が過ごしたのか、どう漫画が描かれたのかなど、多くの秘話がいっぱいあります。

驚いたエピソードはたくさんありましたが、やはりカンヅメの詳細などを読むとひやっとします。 

 手塚先生(どう呼べばいいのかわからないので、本で乗っていたのと同じ呼び方にします)は、色々な出版社に引っ張りだこですから、「何日から何日までは○○社、何日から何日までは○○社」という風に、書く原稿を分けられていました。でも、時々は原稿が遅れることもあるわけです。そういう時、他社に手塚先生を取られたくない編集者は、手塚先生をカンヅメにします。自社でホテルやアパートのような別館を持っているところはそこにすることが多いし、近くに旅館がある場合はそこにすることもあります。しかし、そこに他社の追手の状況と先生の希望が加わると、一気に遠いところに行ったりもします。兵庫の先生の実家に行ったり、京都の旅館に行ったり、時には福岡の方まで大脱走したりしました。この福岡でも先生は気の毒な目に合う…

 とまあ、こんなエピソードがいっぱい詰まっていて、ハチャメチャな有名漫画家たちの若い姿はとても面白かったです。石ノ森章太郎赤塚不二夫水野英子など、私が小さいころから知っている漫画家さんたちの失敗談を読むのはなかなかに面白いものでした。

 本自体は、編集者の方が自分のありのままの体験を書いたものですが、それぞれの漫画家さんたちが自分の体験を少し書いてくださり、それが読めるようになっています。所々で出てくるその手記で、当人たちはどのように時代を生きていたのか、よくわかると思います。

 この本は、フィクションの小説ではありませんが、一応小説と名のついた体験談です。普段読まないタイプの本が読めてうれしかったです。興味を持ったら、ぜひ読んでみてください。

 最後までお読みくださりありがとうございました。