うぐいすの音

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「無言館」へ行きました。No.3

 こんにちは。この頃、朝に薪ストーブをつけるために早起きするかで悩んでいるうぐいす家です。と言っても大抵つけるのは親なのですが、早起きを我慢するか寒いのを我慢するか微妙なところです…

 

 それでは、今回も前回の続きとして無言館の感想Part.3を書いていきます!前々回は、細かいエピソードを。前回は無言館周辺のオブジェ(?)などのことを。そして今回は、無言館全体に関する感想を書いていこうと思います。

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 これまでも書いた通り、無言館は戦没画学生の書いた絵を飾る美術館です。

正直、絵がとてもうまいというわけではありません。今まで色々な美術館にいきましたが、そこの絵の方が技術的にもすごいと思います。

 でも、無言館に行って見るのは絵の技術的なうまさではないでしょう。うまい絵を描くために美校に行ってたり、独学で勉強したりしていた学生の絵なのです。最初は、ただただ「戦争って怖い」と思っていました。

 戦争のせいでこんなにいっぱいの才能のあった学生たちがなくなっていったこと。20歳で出陣して21歳でなくなった人など、すぐに戦死した人が多かったこと。

 しかも、ここで紹介されているのは「画学生」というジャンルで括られた、その中でも一握りの人たち。太平洋戦争でなくなった人たちは民間人も合わせて300万人余と言われています。その膨大な数字の一人一人に、画学生と変わりない、その人のいきた人生があります。そう考えると、より悲しくなるというか、「戦争」という言葉を実感しました。

 

 今の私の生活とは何もかもが違っていて、戦争で死んだ学生たちをある意味憐れみながら見ていたのかもしれません。でも、このブログに書こうと思って途中からは何回も絵を見返したり、遺品として陳列された手紙を自分で読もうとしたりするうちに「憐れみ」の目で見ていた自分が恥ずかしくなってきました。

 そんな辛い状況に置かれながらも、画学生の方達は絵を描き続けたのです。出征を祝う人たちの声が聞こえてきても絵を描き続けた人たちがいました。戦地にまで内緒で絵筆を持ち込んでいた人たちがいました。

 ただ「戦争」でなくなった人たちだから可哀想。ただ絵が描けなくなった人たちだから可哀想。そうフィルターを無意識にかけていましたが、それは違うと思いました。うまく言葉にできませんが、「憐れみ」ではなく、「尊敬」になってきたのかなと思います。

 今戦争が起こったとして、私が戦地でもやり続けたいほどのものがあるか。ないです。死ぬ間際までやりたいことなどまだないし、危険を冒してまで戦地に持っていきたいものもありません。でも彼らには、それがあった。そして実際に戦地でも絵を描いたんです。

 文字通り、人生を一生懸命にいきたんだな、と思いました。「尊敬」「感動」… どういう言葉があっているのかわかりませんが、とにかく「すごい」と思いました。

 

 もちろん、彼らのことを「可哀想」と思う気持ちはまだあります。その気持ちは、いくら彼らが人生を一生懸命受けていても消えるものではありません。なぜなら、彼らの人生は私とは違いすぎるから。20代30代で戦死、もしくは戦病死した人たちです。心が痛まないわけがありません。

 でもその一方で、彼らが本当に絵を描くことが好きだったんだな、と思えます。「もっと絵を描きたい」という思いが、紹介されているエピソードからも伺えました。年齢としては、今でいう大学生が多いのでしょう。彼らの「夢」をかけた絵が美術館には所蔵されています。

 「戦争」と「夢」。結構対極的な言葉ですが、どちらが正解というわけでもないでしょう。私の中で、この二つがあることでお互いがより引き立てられているのかなと思いました。戦争の残酷さの中だからこそ、彼らの人生はひきたてられて見えるし、彼らの思いが強かったからこそ戦争の残酷さがより感じられます。

 

 今回私が行って無言館に対して思ったことと、他の人が思ったことは違うかもしれません。2回目、3回目に無言館に行ったら、また思うことは変わるかもしれません。無言館が所蔵しているのはそういった類のものであり、前回の記事にあったように、無言館は多様な見方の中にあると思います。もう二度と行きたくないと思う人もいれば、私のように何回もいってみたいと思う人がいるかもしれません。私が「夢」を感じたところに、「無念」を感じる人だっているかもしれません。でも、何か思うところができるのは間違いないはずです。

 私は、今回無言館に行けて本当に良かったです。今までも、戦争で亡くなった人を「可哀想」と思うことはありましたが、こんなに戦死した人の人生を、生き様を、みたことはありませんでした。無言館に行ったことで「尊敬」の念を覚えたし、それは自分の「可哀想な人たち」というフィルターを外すためにもいいことだったと思います。

 「可哀想」に思うことは誰だってできます。実際にその人たちの時代は今に比べてひどい状況だったから。でも、彼らと、彼らの絵を「尊敬」することは無言館に行ったからこそできることだったと思います。残念に思っても、過去は変わらないです。なら、「尊敬」した人たちの遺品と絵をできるだけ皆さんにみてもらいたい。そう思えたことが大きな学びだったと思います。

 ぜひ、無言館に行ってください。何か新しく思うことがあるはずです。

 

 最後までお読みくださりありがとうございました。「無言館」に行った時の感想を書きました。最初は、私の感じたことをダラダラと書かずに、エピソードなどの事実を書くのみにしようかとも思いましたが、備忘録としても感じたことを書いておいたほうがいいと思い、3つも記事を書いてしまいました。無言館の中身もすごいけど、それぞれの遺族の方に自ら交渉して集めた館主の窪島誠一郎さんもすごいなと思いました。無言館へ行った際は、読書館なども併設されているのでぜひお立ち寄りください!

 最後に、窪島誠一郎さんの書いた詩の、最終連をご紹介しようと思います。

遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのはあなたが遺したたった一枚の絵だ
その絵に刻きざまれたかけがえのないあなたの生命の時間だけだ

窪島誠一郎ーあなたを知らない)(全文は「無言館」HPで読めます)

 

無言館のHP→https://mugonkan.jp/about/

 

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(この記事を書くにあたって、エピソードなどの引用の許可は得ています。)