うぐいすの音

中3の女子が運営しているブログ。本のレビューなどしていきます。

学校に意見は言いづらい?なんでだろう…

 こんにちは。学校ではそろそろシャトルランをやるそうで、コロナ的にも体力的にも不安です…

 

 今回は、学校と生徒の関係について親と少し話したので、書いていこうと思います。

やる気のない中学生・高校生のイラスト

話したのは、「学校に対し生徒は存分に意見を言えているのか」です。そもそも、日本の政治も国民主体となっていて、自分たちの意見を持つことが大切となっています。

 イギリスにいた時は、先生方がストライキを起こして授業をボイコットしたこともありました。日本では、ストライキなんて全然聞かないし、学校でも生徒が自分から意見を言うということがあまりありません。

 

 この原因として親と考えたのは、大きく分けて

  • 面倒臭い
  • 意見がしっかり言える環境を学校がつくっていない

の二つだと思いました。

 

 まず、私の中に残っている言葉として、中一の時に生徒会顧問が言ってくださった言葉があります。

学校で教師と対等に交渉や、対話をできる機関は生徒には生徒会しかないから、十分意識して生徒会役員として動いてください

今考えると、「生徒会役員しか対等に教師と話せない」という事を言うのは少し先生としてまずいのでは…ともなりますが、それはそれとしてこの言葉は正しいなと思いました。

 

 そもそも、何か変えたいことがあるとして、それを行動に移す人がどれほどいるでしょうか。問題意識を持つだけで、学校に対する意識が高い人です。そう言う人たちが役員になるのだから、結局「全員参加」などと言っても、役員のみが理想を語る結果になります。

 なぜこうなるのでしょう。

 まず理由の一つとして 、生徒があまり問題を問題と思っていないことが挙げられると思います。

 不満はいっぱいあるでしょう。特に、私の今いるクラスは教師の方が若く、生徒も話しやすいので色々な不満が出ることはでます。しかし、「いやだ〜」「めんどくさ」と言うだけで終わり、行動はしません。

 それは、その「いやなこと」が重大な問題と捉えられていないからです。例えば、今いる学校では子供のみで行動できる範囲が制限されていました。それに対して、不満を言う人はいますが、変えようとする人はいません。それは、面倒臭いからでもあるし、どうせ数年我慢すれば関係なくなるからでもあるし、無視しようと思ったらできるからでもあります。

 

 「いやなこと」は公立の学校にいればでてきます。特に、校則が古かったり「伝統」を強制的にやらされたり、意図のよくわからないことも多くあります。それでも、それをやるデメリットよりも、声を上げ改革を望むデメリットの方が大きいので、みんなは声を上げません。

 

 改革を望む時のデメリットには色々なものがあります。

  1. 単純に面倒臭い
  2. 我慢すれば関係なくなる
  3. どうせ無視できる/怒られるだけ
  4. 忙しい
  5. 人間関係に何か出るかもしれない

でも、一番怖いのは「先生」じゃないかな〜と思います。いくら口調をフラットにしても、いくら世間話をしても、先生は先生です。私たち生徒を評価し、成績をつけるいわば「権力者」のような存在です。同じ人間ではありますが、生徒にとって、特に私のようなそこまで特技もない真面目よりの生徒にとって、「先生」は自分より上の存在です。

 もし、私が何か声を上げて先生からの印象が悪くなったら。もし、先生に認めてもらえなかったら。もし、先生が的外れな反論をしたら。色々な要素から、先生に何かを言うことはためらいがあります。

 ここまで考えて意見を言わない人もそうそういないと思いますが、無意識に先生に意見を言うことを避けている人は多いと思います。

 

 特に、その意見が校則に疑問のあるような意見だったり、変革を求めるような意見だったりするとなおさらです。そして、結局は「伝統」や「中学生らしさ」を盾にして回避されることが多いです。「古いことばかりではなく、新しいことにも目を向けていこう」と教える学校が、「伝統」を大事にして、それを学校の一番のイメージとする。

「〇〇中学校の伝統は挨拶です。廊下でも教室でも、挨拶は絶対にするようにしましょう。」

前の学校で何回言われたかわかりません。もちろん、挨拶は大事だと思います。少し話がずれたかもしれませんが、ここで言いたいのは「伝統」を大事にすることへの批判ではなく、「意見」を求めるための手段を設置しないことです。

 意見箱もそうですが、生徒からの意見をしっかり聞いて、実行させることで、生徒も自分の意見を言いやすくなります。前例があればあるほど、言いやすくなるでしょう。しかし、職員室の前に意見箱を置くなど、意見を集めるのに非協力的な先生もいます。

 先生が意見を聞こうとしなかったら、「権力者」である先生に意見を自分から言おうとする人はあまりいません。

 意見を聞くための受け皿を用意するのが大切なのに、それがなかったら「意見を持ってもしょうがない」と思わせてしまいます。

 

 また、学校では「代替策のある意見」が絶対に求められます。何かを言うと、「だったらどうしたいの?」と言われます。なんとなくおかしいな…と思っても、その代わりに何をすればいいのかわからないので何も言えなくなります。正直、その代替策はいるのか?とも思いますが、代替策を求められることがわかっていて、ないまま言うのは相当勇気がいるでしょう。

 

 と言うことで、今回は、「学校に意見が言いづらい理由」を書いてみました。次の記事では、「学校の態度で矛盾していること」を書いていこうと思います。この記事は、「どうしたら意見が言えるようになるのか」を思いつかないまま書いています。それこそ「代替策」のない記事となるかもしれません。それでも、おかしいと言うことを自分の中で整理するために書いていきます!

 

 最後までお読みくださりありがとうございました。「学校に意見が言いづらい」と言うのは割と問題じゃないかな…と思うので、しっかり考えてきていきたいです!