うぐいすの音

15歳の女子が運営しているブログ。本のレビューなどしていきます。

学校図書館について、15歳が思う事 〜『蛾のおっさんと知る衝撃の学校図書館格差』を読んで〜

 こんにちは。庭の草取りをしなければいけないのですが、日中外に出るのは暑いので4時ごろの日が陰った時間を狙おう!と思うと、ちょうどそれくらいの時間から雨が降ってくるんですよね…。屋内で何かに熱中しているといづかないので、それで一日が過ぎていきます。今日は忘れずに草取りをします!

 

 

目次

 

 

1 著者紹介とあらすじ紹介

 

 今回は、ブクレポをしていきます。読んだのは、

山本みづほさんの『蛾のおっさんと知る衝撃の学校図書館格差 〜公教育の実情をのぞいてみませんか?〜』

です。図書館で見つけて、面白そうだったので借りてきました!

 

 

 それではまず、著者紹介とあらすじ紹介をやっていきます。

 

f:id:chirpspring:20210630145633p:plain

 

著者の山本みづほさんは、35年間長崎県の公立中学校国語科教員として働いてきました。自費で、県内、国内、そして海外の学校図書館公共図書館を見学し、全国の学校図書館の運営などに関わってきた方です。


 本は全部で5章に分かれていて、「蛾のおっさん」がみてきた学校図書館を山本みづほさんに語り、みづほさんは自分の司書教諭としての仕事を語る、といった感じになっています。

 蛾のおっさんというのは、著者の友人の夢に突然現れた変なキャラクター。明かりをつけると群がってくる「蛾」と似ていて、羽のついた全身白タイツのおっさんです。世界中の学校図書館などを飛び回っています。

 

内容は、

  1. 悲しい学校図書館を見た
  2. 楽しい学校図書館を見た
  3. なぜこうなったのか考えるのだ
  4. 私の学校図書館体験
  5. 愉しきかなトランジッション

の5つの章に分かれていて、学校図書館のこれまでと現状を伝えていっています。

タイトルの通り、全国で経験してきた学校図書館の状況を伝える本です。対話形式のところもあれば、何よりおっさんがシュールなので、堅苦しくなく楽に読み進めることができます。

 

 

2 前書き:教育について書く

 

 まず前置きとして、私のことを少し書きます。

私は、多分教育に関心がある方だと自分で思っています。

家庭環境や、渡英経験、学校で感じてきたこと。

そういったことから教育には関心がありますし、何より本が大好きなので、学校図書館や国語の授業には興味を持ってきました。

 ですが、学校の仕組みについてどう思うかは書いても、教育について書く、ということはあまりなかったと思います。

 

教科書による学びはどれくらい必要なのか、

アクティブラーニングをする意味、

野外教育の必要性、

マーク式テストに合わせるということ、

公立学校(もしくは現在の日本の教育スタイル)の美点と欠点

受験を意識した勉強、

教師の役割と現状

そして、学校に必要な図書室について。

 

他にも、考えることはいろいろありますが、摂取する情報に対して考える時間が少なさ過ぎることもあり、ブログには書いてきませんでした。

こういった意見を書くことに対し何らかの反論も出てくるかもしれないですし、

何より自分がしっかり考えられていないことをぐだぐだ書くのが嫌だったからです。

 

 考えがまとまっていないにしろ、本の感想を書く、ということなら別にいいかな、と思って今これを書いています。

 

 

3 本の感想:学校図書館とはそもそも? -「教員の無知は本当に恐ろしい」

 

 さて、本を読んでの感想です。

この本、私にとってはとても面白い本でした。

 

普通の人なら当たり前のことですが、

私たちは私たちが経験してきた学校の図書館しか知りません。

他にどんな学校図書館があって、どういう役割を果たしているのかは知ることができません。

それは先生方にしても同じです。自分が経験したことのある学校で、司書教諭の方や学校司書の方が忙しく満足な仕事ができていなければ、次の学校でもそれが当たり前と思ってしまいます。

司書教諭の先生にしても、よほど熱量のある先生ならともかく、

ただでさえブラックと言われる教員の仕事とともに

司書教諭としての図書館の世話をするなんて、何時に家に帰れることやら…。

 

学校司書の先生にしても、そこの学校に専任でずっといるならまだしも、多くの学校司書が他の学校との兼任。

週に一回、月に二回、そうやって各学校を巡って、多ければ10校も兼任している学校司書さんがいるのだとか。

それだと連絡もうまくとれないし、何かやろうとしてもそもそもの状況からして無理ですよね。

 

本文にあった、

 

「教員の無知は本当に恐ろしい。それがそのままストレートに目の前の子どもたちに影響してしまうから」

 

という言葉。その通りだな、と納得しました。

 

 

 学校図書館って何だか、皆さんは意識したことありますか?

中には、「図書室」と呼んでいる人と「図書館」と呼んでいる人の中で軽くカルチャーショックがあった、なんて人もいるのではないでしょうか。

東京にいたとき、通っていた小中学校どちらもで学校図書館は「図書室」と呼ばれていました。それが、長野県の中学校では「図書館」と呼ばれているから、日常会話でもちょっとした戸惑いが生まれました。

もちろんすぐ慣れることですし、「中休み」と「二時間目休み」の違いと同じようなものですから、大したことはありませんが。

 

 あれ、元々の成績名称は「学校図書館」なので、正解をつけるなら「図書館」と呼ぶ方が正しいのでしょうか。

 

小中学校と高校に設置された図書館を、学校図書館と呼びます。

さらに12学級以上の学校には司書教諭の資格を持った教員の配置が義務付けられています。職員としての「学校司書」は、努力義務のみです。

 法律としては、学校の施設の中で唯一「学校図書館法」が定められているため、待遇がいいように見えるかもしれません。ただ、運営は自治体まかせとなっています。

 

 吉田茂首相の「バカヤロー解散」を覚えている方、もしくは年齢的にも私のように勉強した方は、どれくらいいるでしょうか。

あの解散のとき、アメリGHQなどの影響から日本では司書の重要性が認知されていて、「免許制司書教諭制度」という、学校図書館に専任の司書教諭を置く法律が国会で提出される予定だったのです。

ですが、その提出直前にバカヤロー発言で即日解散となってしまったため、残念ながら提出できず。

その半年後にもう一回国会で提出しましたが、最初の時の勢いはもうなく、少し腰の引けた法案となってしまいました。それにより、司書教諭は専任職ではなく「充て職」となり、さらに「当分の間置かない事ができる」という文言まで追加されました。それが、1953年のことです。

 

 2003年、日本中の12学級以上の学校に司書教諭を置くことが義務付けられるようになりました。50年間続いた「当分の間」がここで終わったのです。

 

ただ、12学級というのはかなり少ない気が…。

小学校なら、特に人口の多い東京などでは12学級ギリギリあります、というところも多いと思います。でも、例えば中学、高校になると、1学年4クラス。1学年だけで120人以上いなければいけません。その人数が全校生徒の人数、というところも、たくさん知っています。

 

4 どんな図書館が理想形なの?

 

 こうした中、山本みづほ先生がどんな活動をしてきたのか。そして、蛾のおっさんはどんな学校を見てきたのか。

 

  • ハナマル図書館…専任の学校司書がいて、司書教諭や学級担任と常に授業を行なっている
  • マル図書館…専任の学校司書がいるが、授業活用まではまだ行なっていない
  • サンカク図書館…専任ではないが、学校司書がいる(月一回の場合もある)
  • バツ図書館…学校司書不在で、担当する教員もいなくて鍵がかかったまま

 

この4つの基準も出しながら、各学校図書館で行われてきた取り組みが話されています。

 

 学校図書館の中には、ずっと鍵がかかっていて生徒も先生も入らないようなところもあるのだとか。

 さらには、引き継ぎの司書教諭の方がなかなか決まらない、もしくは忙しいため仕事に手がつけられなくて、結局「〇/〇〇から開館できます」といった生徒が責められてしまうことも。

 

 そういったところもあれば、山本みづほさんの行なったことをやるような図書館もあります。

  • 朝の読書を、生徒のみならず教員対象にも行う
  • 雑誌の定期購読をする先生などに頼んで、過去の雑誌や本を持ってきてもらう
  • 公共図書館と連携して、資料を貸してもらう
  • ブックトークの実施
  • 国語の授業の導入を学校司書がやり、興味を引く(いろいろな資料が使える)

 

…正直、こんな学校に居たかった!!

特に、ブックトークや授業での学校図書館の活用、こういう学校に行ってみたかったです。

ブックトークをやったことのある知り合いの人の話を聞くと、それが国語の授業とかでできるのは本当に楽しいだろうな…と思うようなことばっかり。ユニークな本の紹介の仕方などもあり、プレゼンの役にも立ちそうです!

 

 

5 私の考える学校図書館のあるべき姿

 

 それでは、私の思う学校図書館の理想を。私は、学校図書館はとても重要なところだと思っています。

何か勉強をするにも、資料がないと疑問に思ったことを深められない。学習を深めていきたいのなら、5教科に限らず何の教科でも、図書館の資料を活用したいです。

 

 国際バカロレアや、探求型学習…

流行りの言葉ですが、こういったものにも図書館は深く関わってくると思います。その時に必要な知識を得るために、そして他の人の考え方を知るために、本は役立つはずです。

 特に上記のような言葉を並べるなら、

生徒がいろいろな情報に辿り着いたり、いろいろな価値観、考え方に触れるために、

環境のしっかりした学校図書館を用意するのが普通

といった考えを私は持っています。

 その上で、

生徒がどうやって図書館を利用するか見ながら、

司書教諭と学校司書、そしてその他の先生が情報を共有しあい、より利用される学校図書館が出来上がるなら、それが一番の理想形

だとも思っています。

 ただ、この考えは周りから影響されているものです。それこそ、この後高校で国際バカロレアを実践するので、その時に考え方が緩和されるかもしれません。

 

 

6 司書にはどんな役割がある?

 

 そして、学校図書館で働く司書の役割についての理想。

役割、と偉そうに言っていますが、それがなせていないとしても先生方が悪いわけでは全くありません。そんな暇はないと思うし、学校の先生を見ていてもそれが十分にできる人がいたら、本当に超人だと思います。

 

 本書を読んで思ったことがいくつかあります。

まず、司書の先生と、図書館の存在が救いになる、ということ。

そして、本には書いていなかったことで、司書の先生の対応には差がある、ということ。

 

 一番目に書いた、「救いになる」

 本の中には、図書館を心の拠り所としていた人の話が数人出てきました。

クラスに馴染めない、家に居場所がない、他にも様々な理由で図書室に行く人がいます。司書の先生と色々お話ししたいと思っていく人もいます。

 

 みづほ先生が経験した学校の中には、「保健室に来る生徒の数が少なくて驚いた」といった養護教諭の人もいるそうです。それは、保健室に授業中とかに来る人が、休み時間には図書室に行くから。

 教室や家にいる時に、少し休みたくなる場所。それが図書室なのかもしれません。

司書の先生に色々話すのも、先生はいつもそこにいて、話を聞いてくれるから。保健室の先生に色々話しに行くのと同じですね。

前いた学校でも、司書の先生ではないですが、そういった役割を受け持っている先生がいました。休み時間になると、いろいろな学年の生徒がその先生の準備室に入っていくんです。

 これは、「サード・プレイスとしての図書館」としてこの頃認知されてきています。

学校図書館は、

読書センター(本を読む)、

学習センター(授業に役立つ資料など、自習室としての役割)、

情報センター(情報活用を行える場所)としての役割の他に、

「心の居場所」として、家や学校の他にある「三番目の居場所」になり得るのです。

 

 そこを管理して、子供達がきやすい場所にするのが司書の先生たちだと思っています。図書室で一人で座っている司書の先生は、話し相手として生徒の目に映るのでしょう。

 

求めているものが多すぎるかもしれませんが、

環境のいい図書室の構築、

いろいろな授業との連携、

そして生徒とのコミュニケーション。

こういったことを執り行うのが、今のところ私の中で、司書の理想の姿です。

 

 

7 司書といっても様々です

 

 しかし、司書の先生にそれを求めるのは並大抵のことではありません。

それが、二番目に書いた司書の先生の対応には差がある、ということです。

 まず、前述したように、

司書教諭の先生には司書としての仕事ができるまでにたくさんの仕事をこなして、

余裕を作らなければいけない。

これがクリアできて、なおかつ学校図書館を活用できるまでにするなんて超人技です。

 

 また、学校司書の先生でも、専任でその学校につかずにいろいろな学校に行かなければいけない先生も多くいます。

その中で、各学校の先生と連携をとって「ああしたい、こうしたい」というのはとても難しいと思います。

 

 つまり、司書の先生にそこまでのことを求められる待遇が、今なされていないのが大きな問題なんです。

専任で学校司書の先生を入れられれば一番いいのですが、そんなお金もないですし…。かろうじて、いくつかの私立学校ではやっていますが、公立でそれを全国規模でやるのは難しいはずです。

「バカヤロー解散」の波風がこんなところまで来るんですね。

 

 それに、学校司書の先生もいろいろな学校を転々としているため、

それぞれの学校用の図書館便りの作成や、図書委員会とやるイベントなどへの協力など、多忙な毎日を送っていると思います。

そうすると、多くの生徒にも対応しきれず、レファレンスも適当になってしまうことがあります。

 

 聞かれた話題を、そのまま検索キーワードの欄に打ち込んで、ヒットしなければ「ないですね」。

そういう司書の先生も実際いますし、レファレンスに特に関心のある先生ばかりではないので、結局生徒が探したい本にたどり着けないこともあります。

 私の場合は、レファレンスで「ない」と言われたり、公立図書館の場合はレファレンスが手一杯で空いてなかったとしても、親に聞けたのでそれで十分でした。でも、親が読書しない人たちの場合はそれも無理になります。

 

 先生の忙しさや、関心度、そういったもので、その図書館で求めている本に巡り会う可能性は大きく変わってきます。それには「仕方のない」という部分も多分に含まれているはずです。

だけど、そういったことで地域格差、教育格差が起きるのは、個人が悪いとは言えないので、より「やるせない」といった気持ちになります。

 

 

8 「本を読むのは恥ずかしい」そういった風潮がなくなる学校図書館

 

 という風に、本の感想と私の意見を書いてきました。

どちらかというと、私の意見の方が多くなってしまったでしょうか…。

 

 この本は、私の中ではかなり印象深い本です。興味がある方なら、とても面白く読めると思います。

中に書いてあるのは、司書教諭として働いた山本みづほさんの経験談と、蛾のおっさんが見てきた図書館の数々。

 外国の図書室の例もありましたし、もちろん国内の図書室の例も多くあります。

冒頭にも少し書きましたが、図書室は自分が今までにいた学校のもの、もしくは自分が話を聞いてきた学校のものしか知る事がありません。

 だからこそ、こうしていろいろな学校の現状が一冊にまとまっていると学ぶことも多くありますし、考えることも多くあります。ぜひ、興味を持った方は読んでみてください!

 

 私が学校に通い始めてからまだ9年ですが、様々な先生がいるな、と感じます。

小学校の頃ですが、「子供は外に行くのが本来の姿」といって毎日図書館に行っていた私を外に出そうといろいろやっていた先生もいました。

本を読むのはとても大事なことだから、といって学級文庫を多く用意し、本が好きな子にはどんどん推奨してくれた先生もいました。

 特に小学校低学年の時は年齢も関わって、「本を読む姿=みんなとは違う」と思われる節も多かったです。

それでも、本に理解のある先生になると、朝読書や学級文庫を読むのが普通となり、「本を読む姿が市民権を得る」ようになり、休み時間も本を読んだり周りと遊んだり、選択肢が増えるようになりました。

もともと私は本を読んでいましたが、少し本に興味があるかも…という人でも読書するようになったと感じます。

 

「本を読む事が恥ずかしい」と思っている人は、意外と多いのかもしれません。

特に、小学校の時はそういう風潮もあったように感じます。そういった風潮が少しでもなくなれば、生きやすくなる人も多いはず。

もしかしたら、話を一般化しすぎていておかしいことを言っているかもしれませんが、

それでも学校図書館の改善に何らかの形で関わりたいな、と思います。

 

学校の外から、高校生としてできることって何なんでしょう。

小中学校の、そして高校の学校図書館を環境の良いサードスペースにするには、何が必要なんでしょう。

 

 ずっと前から考えていた事が、本を読んでいろいろとつながったせいか、より興味を持つようになりました。

本来なら司書教諭や学校司書の先生方を増やさなければ解決しない問題でしょうが、

今のところはボランティアとしてでも、もしくは別の形ででも、何らかの動きが取れるといいな、と思います。

 

 本当に何をすればいいのかわからないので、前いた中学校の司書の先生に近いうちに話を聞きに行こうかな、と考えているところです。

何かできる事があれば、ぜひやりたい。より良い状況にしたい。

でも、何をすればいいのかわからないし、何かやったとして何も結果が出ないかもしれない…。

なかなか歯がゆいというか、腑に落ちない感じです。今の、暇な時間にやれることへの糸口を探していきたいです。

 

 最後までお読みくださりありがとうございました。長々とした文をここまで読んでいただけて、とてもありがたいです!本の内容自体もとても面白いですし、更にこう言ったことに興味を持てたと思います。まずは、学校に連絡を取ること。何も収穫がなかったとしても、話を聞けるだけでありがたいことです。勇気出します!

 

 

 

関連記事

「サード・プレイスとしての図書館」については、こちらの本を読んでいただけるとイメージがつかみやすいと思います!

chirpspring.hatenablog.com