こんにちは。
今日は、昨日まで書いてきた『銃・病原菌・鉄』の中から気になった部分について書いていきます。
是非読んでいってください!
目次
最初に:問題のある中国発祥の文字
まず、ジャレド・ダイアモンドさんの『銃・病原菌・鉄』より、気になった箇所をいくつか引用します。
日本人が、効率の良いアルファベットやカナ文字でなく、書くのがたいへんな漢字を優先して使うのも、漢字の社会的ステータスが高いからである。
『銃・病原菌・鉄 下』P60 L6~
たとえば、中国文化の意向は、日本や朝鮮半島では依然として大きく、日本は、日本語の話し言葉を表すには問題のある中国発祥の文字の使用をいまだに止めようとしていない。
朝鮮半島において、扱いにくい中国伝来の文字に変わって、独自の素晴らしいハングル文字が使われるようになったのは、最近の話である。
『銃・病原菌・鉄 下』P188 L8~
他にも何箇所か日本について書いているところがありましたが、とりあえず特にこの記事で使いたい部分は上の二つです。
この記事では、
- 漢字廃止論や漢字制限論がどういったものかをまとめ
- GHQや他の人々が提唱してきた漢字廃止論や漢字制限論、そしてアルファベットの使用についての歴史を調べ、
- その後で自分の意見を書いていこうと思います。
出来るだけ前半では私の意見が反映されないような書き方をしようと思っています。
ネットで調べただけのこととなるので、根拠があやふやなものもあると思います。間違いがあったら、ご指摘くださるとありがたいです!
漢字廃止論とは?漢字を使っている国は?
それではまず、漢字廃止論や漢字制限論がどんなものなのか。
日本語の表記は、一般的に漢字、ひらがな、カタカナがあります。どの言葉も、中国から伝わってきた漢字から成り立つものです。
今は漢字が日常的に使われているのは中国と日本のみですが、ベトナムや朝鮮半島も昔は漢字を使っていました。
漢字廃止論というのは、漢字表記を排除しようという考え方のことです。
幕末明治から提唱されるようになり、戦後にも強く提唱されました。
近年は下火になっていますが、まだ廃止論、もしくは制限論を提唱している人もいます。
自国の独自文化を重んじて、中国から来た文化を排除しようという働きや、活版印刷での実用性に欠けるという側面から、漢字廃止はいくつかの国で受け入れられてきました。
明治時代が始まってから、漢字を排してひらがなを国字にしようという動きや、布告書を仮名で発布すべきという動きもありました。
だいたい、漢字を廃止した後は仮名文字を使った方がいいという考えのようです。他にも、ローマ字を使うべきという考えや、独自の文字を作ろうという考えがありました。
漢字廃止論の歴史と、その内容
1948年に、GHQの
日本語は漢字が多いために覚えるのが難しく、
という意見が出てきました。
その時、日本語をローマ字表記にする計画も起こされましたが、正確な識字率の調査によると漢字の読み書きができないものは2.1%に止まったため、ローマ字化は撤回されました。
漢字廃止論の意見としては、
- 漢字は社会階層の知識格差を招く
- 子供が知識を得る障害となる
- 同音異義語が増える
- 習得が困難となる
などの意見があるようです。
ローマ字化という意見の利点としては、外国人が読みやすかったり、海外に日本語を普及させやすいことが挙げられます。
かな派としては、「カナモジカイ」という団体も作られ、今は財団法人としてではなく任意団体として活動を行なっています。
今の漢字廃止論は、主に障害学、識字研究に基づいて行われていて、議論の本筋は食にものとは変わってきているようです。
この漢字廃止論に影響され、中国では簡体字化が進められ、韓国では15世紀に作られたハングルのみを知っている世代も増えています。
ベトナムでは20世紀まで公用文で漢文を用いましたが、独立時に漢字は廃止され、今では伝統行事の場で主に漢字が用いられるようになっています。
漢字廃止論が盛んだったのは60年代ごろまで。70年代に登場したワープロが出てきたことから、活字化にも問題がなくなり、廃止論は下火になっていきます。
日本では、江戸時代の頃から寺子屋として主に商人に丁稚奉公に入る子供たちに字を教えていました。そこで教えられていた字は、必要があって教えられていたものです。
だから、勉強を趣味で学べるほどの財力のない子供たちにとっては、漢文を読んだりといったような、必要性のないことは学んでいませんでした。
それでも、寺子屋のおかげで識字率は高かったと思いますし、ある程度の教養も寺子屋や、学問所に通っていればついたと思います。
そういった識字率の高さが、少なくともGHQによる日本語のローマ字化から逃れる要因となったのでしょうか。
私の考え:
とりあえずは、ここから私の意見も書いていきます。ところどころ親との話し合いで思ったことなども混ぜていきます。
まず、私は漢字廃止論には反対です。
『銃・病原菌・鉄』内で、
「日本語を表すのに問題のある漢字表記を止めようとしない」とか、
「韓国独自のハングルは素晴らしい」とか書かれているのを見て、いい気持ちはしませんでした。
私たちが日常的に使っている漢字を使いもせずに、効率の面のみから「アルファベットや仮名文字を使うべき」なんて言われても…。
そもそも、日本語には50音しか有りません。ピンインもないし、同音異義語も多いです。
同音異義語が多いのは漢字を使ってきたから〜と考えることもできると思いますが、
それを言い出したらもう日本語自体の使用について考えなければいけなくなります。
その状態で、仮名文字化、もしくはローマ字化すれば語弊も多くなるでしょう。知らない単語だった時に想像するのも難しくなります。
轟音と感じで書けば、なんとなくイメージがつきますが、「go-on」とか「ごうおん」とかだとわかりにくいですよね。
そして、日本人が漢字に慣れていること。
もちろん、漢字を覚えにくい、と思う人は多いと思います。でも、「書くのは難しくても読める」という漢字も多いのではないでしょうか。
私は、漢字学習についてしっかり学んだことがないし、特に漢字を覚えることが苦痛ではなかったので、ここについては無神経なことを言っているのかもしれません。
確かに、30文字もないアルファベットは効率的です。仮名文字だって二種類使ったとしても100文字覚えるだけ。それに比べて、常用漢字は2136字。数だけだと確かに規格外ですよね…。
効率の面だけを気にするなら、漢字は廃止するべきなのかもしれません。
中国語が世界に広がらず英語が世界に広がったのには、少なからず使いやすさ・覚えやすさがあると思います。中国語の文法は英語のそれと似ているところもありますが、日本語の文法は異なることもあり、覚えにくい言語のはずです。
ただ、効率を気にして漢字を廃止することは、文化の断絶を意味すると思います(家族と話している時に出てきた言葉です)。
例えば、イギリスで今使われている英語は、8世紀ごろから使われていた古英語(少しアルファベットとかが変わってきます)の発展形です。現代英語に近い形の言葉は、16世紀からしか使われていません。
つまり、その前に書かれた文章は、専用の学習を積まなければ読むことができません。
原文でそのまま読めるのは、シェイクスピアくらいまで、ということです。
韓国では、1446年に発明されたハングルで書かれたことなら読めるはずです(想像ですが)。でも、それ以前に書かれた漢字を使っている文章は、特に若年層は読めない人が多くなっていると聞きました。
日本では、漢字、仮名文字を使った文章がほとんどのため、いつの時代でも少し注釈がつけば読むことができます。
意味がわからずとも、文字だけで万葉集の和歌を詠むことだってできるでしょうし、崩された文字でなければ源氏物語を原文で読むことだって可能です。
私も小学生の時に、「いずれの御時にか女御更衣あまた〜」と暗唱しようと頑張っていました。
気づいてみると、1000年前の文章を少し単語に注釈がつくだけで読めるようになるって、かなりすごいことなんじゃないでしょうか。
15歳になる前から(高校受験とかの練習で)、単語の注釈のみで1000年前に書かれた古文を読むんですよ?
仮名文字だけを使うということは、それまでの漢字で書かれてきた文章を理解しようという機会すら作らないということです。
廃止されてからの数年、十数年はいいかも知れません。
でも、漢字が廃止されて50年、100年後、私たちが手に取れる文学や文章は、その100年の間で書かれてきたものだけです。
漢字が使われてからの1500年ほどの歴史を自ら学ぶ機会、自分の手で書かれたものをそのまま読み解く機会、
そういったことを、意識的にねじ伏せるということです。
「古文なんかあったって特に読まないし…」という人、いっぱいいるのではないでしょうか。
古文を日常的に読むのは、確かに限られた人だけでしょう。
でも、だからと言って自分たちの周りの人、家族、友達が古文を読みたくないとは限りません。
ミステリにハマる人もいれば、ファンタジーにハマる人もいる。
クラシックにハマる人もいれば、JPOPにハマる人もいる。
その延長線上で、「古文にハマる人」がいたって何もおかしくありません。
子供の頃に青い鳥文庫の「あさきゆめみし」が好きだった人が、大人になって原文で読もうとするかも知れません。ハリポタを原文で読もうとチャレンジする人がいるんだから、古文で読もうとする人だって当然いるはずです。
そうやって原文を読もうとする時にある壁が、漢字廃止(さらにはローマ字化の場合も!)の時にはより一段と高くなります。
もしもGHQの取り組みによって日本の言葉がローマ字化していたら、今使われている言葉は全部ローマ字だったんでしょうね。
ローマ字で生まれてきた世代が、自ら漢字や仮名を学んで文学を読もうとするでしょうか?
植民地を征服して、それまでにあった言語を全て英語にとっかえて、そこから新たな歴史を作っていったのが英語。
皮肉な言い方なのかも知れませんが、そう取ることもできます。
今までの文化を取っ払うというと、大げさに聞こえるかも知れません。
でも、日本語をローマ字化した後の200年後は、500年後は、もう漢字もかなも昔のもので、当時書かれた文学なんて読もうという気すら起こらないかもしれない。
まとめ:結論と、注意事項!
私が今大好きな図書館戦争とか、はやみねかおるとか、そういったものを読めたのはそれが本棚にあったからです。
そこで使われていた文字がなくなった時、本は選別されていきます。とりあえずあったから読むということがなくなり、その中から新しい文字に変わる時に翻訳版が出された本、選別された後の本が残っていきます。
もちろん、今私たちが知っている「曽根崎心中」といった名前も、選別された後のものかもしれません。
でも、触れられる文学の量が少なくなるのは悲しいし、
今私が心を動かされた文字を継承していけないのも悲しいです。
だから、もしも漢字廃止論がまた旋風を巻き起こすようなことがあったら、私は反対派になるはずです。
ハングル文字は確かに素晴らしいかもしれない。でも、それも文化の断絶という面を持っています。
>扱いにくい中国発祥の文字
確かに文字数も多いし画数も多いですが、今までの日本の文化を継承して、伝えていくための手段です。
>ローマ字や仮名文字の方が素晴らしい
自分がいつも使っている英字とか、それと同じ表音文字の仮名文字の方が英語圏の人には使いやすそうに見えると思います。効率を重視するのみなら、確かに効率に関してはローマ字、仮名文字の方が素晴らしいかもしれません。
>日本語の話し言葉を表すには問題がある
私は、少なくとも漢字で書かれた言葉の方が読みやすいし、全部平仮名の話し言葉を本では読みたくないです。そもそも日本語の言葉の多くが中国の漢字を使って作られてきたものなんです。
ここでいっておきたいことが一つ!!
『銃・病原菌・鉄』は、上下巻で70ページを越す長さのある考察本です。
しかも、世界中の歴史などをカバーしています。
別に、日本の漢字廃止論について色々と調べたわけでもないでしょうし、本当に長い作品の中の数行です。
私は、著者のジャレド・ダイアモンドさんの主張を否定したいわけではなく、その主張に関わってくる文章のほんの一部に反対しています。
本自体は読んでいてとても楽しかったですし、なるほどと思うことも多くありました。
だから、このブログで書いているのは
『銃・病原菌・鉄』の一部分から興味を持ったことに対して自分で調べて、思ったことをメインにしたものです。
漢字廃止論という考え方があったこと自体、私は知りませんでした。
だから、知ることができてとても面白かったですし嬉しかったです。
これに関する本も読んだことがなかったので、読んでみたい。何回も書いていますが、こういった考察本を読むと読みたい本が増えすぎて困ります…。それが楽しいんですが、時間がもっと欲しいです!
最後までお読みくださりありがとうございました。今回は、自分が考えたことについて書いてみました。初めて知ることなども多かったので、とても面白かったです。改めて、今使っている漢字のありがたさを確認できた気もします!