こんにちは!
*ちゃんと表題の通り本の感想を書くのですが、あまりにショッキングなことがあったため、ここで少し愚痴ります。
私は、つい先日『高校生のための哲学サマーキャンプ』に参加しました。そこで、ブログに書こうと思って二日間分のメモをしっかりPCに書いていたんです。そして、私は昨日高校入学のためにこれまで私がメインに使っていた父親のパソコンを初期化して、完璧に私用のものにしてもらいました。
…メモが!!!!消えた!!!
パソコンの中身は哲学サマーキャンプの前に全部USBに移していたので、メモを移す必要性を忘れていたんです!!!
同期があんまり好きじゃないので、PCに書いたメモはiCloudに残していないんです…。逆はしていたのに…。
いや、待って、まじでしくじりました。ちょっとこれだと内容のある記事が書けるかすらわからない。本当に失敗した。
しっかり内容書いていきたかったのに…!!!なんてことをやってしまったんだろう…。
なんかもう、自分の注意力のなさに逆に驚きましたよ。
なんてことをやってしまったんでしょうね。自分のためにちゃんと書いておきたかったのに、、、。
ちょっと、今日本当は書くはずだったサマキャンの感想は、もう一回内容を確認してから次の記事で書く予定です。
はい、久しぶりにちょっと荒れさせてもらいました。ここからはしっかり本題に移ります!
今回書くのは、本の感想。久しぶりに太宰以外で、林直哉さんたちが書いた『ニュースがまちがった日』という本です。
目次
あらすじ、著者紹介
まずは、本の内容と著者紹介へ。
本の著者は、林直哉さん+松本美須須ヶ丘高校・放送部さんたち。
この本は、松本美須須ヶ丘高校の放送部を描いたもののため、当時放送部の顧問を8年間務めていた林直哉さんと主にその代に放送部にいた部員の方々が協力してできた本となっています。
本の中で描いているのは、1994年の松本サリン事件をめぐるメディアの放送に疑問を覚えた放送部が、そのメディアに対して逆に取材をしていくというもの。
冤罪報道がなぜ起こったのか。被害者に対してメディアはどう対応するのか。
同じ松本市内で起こった事件の報道に疑問を覚え、高校生たちは報道記者たちにインタビューをしていきます。
いつもはインタビューする側のメディアにインタビューするということ。
その難しさや、ままならなさに直面しながら、証言集を作っていきます。
まずは音声のみで作り、そして代替わりの後にそれをもう一回作り直す。そういった、学校の部活ならではの大変さなども描かれています。
教育面でもそうですし、マスコミについての議論や組織としての対応への言及など、いろいろなことが議論できそうな本だな〜と思いました。
感想
それでは、本の感想へ。
この本、まず読み終わって思ったのは、「保護者さまお疲れ様…」でした。
今は、オーバーワークがあまり推奨されず、残業などに対する意識もかなり変わってきています。それは、よても良い社会の変化だと思います。
でも、この放送部は今の社会だとかなり風当たりがキツくなるかも。
一番遅くなった時で午前4時。
深夜まで残る時もよくあって、晩御飯前に帰るなんてほとんど不可能。
それは、当時だからこそ許されることでしょう。
いくら部活動が「自主的な活動」だといっても、限度があります。今なら許されないはず…。
だけど、『官僚たちの夏』を読んだ時にも思いましたが、こういった「頑張る」とか「努力」とかが制限を超えてもよかった時代も、それはそれで楽しいのかもしれません。
私は、自分からやることをどんどん増やしていくくらいには仕事が好きなので、こういった社会でもそれなりに順応していく気はします。それに、ちょっとこういった世界で生きてみたいな…といった気持ちもあります。
憧れがある、といった感じ。
それでも、その世界で色々な欠点が見つかって、人の命がなくなるような悲しいこともあったから今の社会になっています。
住むなら圧倒的に今の社会の方がいいし、自分のやりたいことだけできないのなら制限を無理矢理にでも設けてくれる今の方がいいです。
ちなみに、今でもブラックと呼ばれる職業が多くあることは知っていますし、私にとっては身近な「先生」という職業もかなりブラックでしょうから、そういった仕事にはつきたくありません(まあ興味はあるんですが…)。
生徒ももちろん、先生も、体調を壊すような生活ですし、自分が入りたくはないな、と思いました。
でも、今の社会で手に入れられるものがあるのと同じく、そういったやり方でも手に入れられるものはもちろんあるんでしょうね。
最後に保護者の同窓会のようなものが開かれていましたが、そこでは保護者の皆さんも不満はなく「〇〇なことを学べた」「とても楽しかった」といった感想でした。
中にはそれが大変だった人もいたでしょうし、時が経ったからこそ言えることもあったと思います。
でも、「努力」に対する制限の厳しくない社会で手に入れられるものは、今の社会で手に入れられるものとはまた違うでしょう。
今は手に入れられないものに憧れを覚えるのも当たり前だと思うし、他人に強いられるのではなく個人でやることを増やしている人も多くいるので、自分で限度を見ながらやりたいことをやっていきたいです。
本の中では、メディアをインタビューすることについて書かれていました。
その中で、印象に残ったことがいくつか。
まず、メディアはインタビューされ慣れていないんだな、ということ。
メディアは電話1本でインタビューに来るのに、高校生たちがインタビューしたいといったらスムーズにはいきません。
そして、高校生という立場もあったでしょうが、読んでいる身としては「かなり突っ込むな…」とヒヤヒヤするところまで質問していく高校生もすごかったです。
確かに悪いこと(冤罪報道)をしていたのはメディアですが、ここまでのしどろもどろぶりを見ると高校生の方にも「お手柔らかに…」と言いたくなります。
また、「メディア」と一言でまとめても、その中にいる人たちは一人一人違うんだな、という当たり前のこと。
中には、自分はできるだけ誤報と取られないように誠実な報道をやってきたつもりだし、それを上のお偉いさんが謝るのを見ると納得いかなかった、という人もいました。
こういった急を要するメディアの仕事では、どうしても当時の見方に乗るしかなく、それが結果として冤罪になってしまった、ということも。
実際に、冤罪だったわけですから、これによって冤罪を被せられた人の気持ちは察するに余りあります。
警察に見解をそのままテレビで流すのが正しいいのか。
その情報が間違っていたら。
被害者が訴えを起こさない限り謝罪も訂正もしないのか。
冤罪を引き起こすことがわかって、その後どうしていけばいいのか。
マスメディアってなんなのか。
記者の人も、冤罪を報道したいと思って報道したわけではない。
それでは、当時何を考えて報道していたのか。
それぞれに違った形の答えがあって、それも読んでいて面白かったです。
最終的に、高校生たちは今で言うところの「メディア・リテラシー」に通じる結論を出します。
受けてと送り手の存在、コミュニケーション。
受けてと送り手が一方向につながるのではなく、双方向つながること。
そういったものが、授業と似ている、というのは新しい視点でした。
また、マスメディアに対する批判のみで終わらなかったところも好きな点。
読んでいてすごいなと思ったのは、「終わり」を高校生たちが作らなかったこと。
インタビューしてから作品を作って、それに対する賞をもらう。
それだけで終わりではなく、その次はまた少し違った手段でさらに良い状態のものを作っていく。
そして、次にはそれを周りに伝えるためクラスで授業を行う。
自分たちが手塩をかけたものほど、一個何かが終わったら達成感がすごいと思うのですが、そこでは終わらず、さらにさらにと考えていく。
…ただ、これは先生の影響もあるのかもしれません。
割と読んでいて、先生が関わっているところも多そうだな、と感じました。
もちろん、手詰まりしていたらそれをほぐしてあげるのが先生の役割だとも思いますし、それが高校生らしいところでもありますが、
同じ学校の違う先生から見たこの部活の話も読んでみたいな〜と思いました。
ちなみに、この本で扱われているのは松本サリン事件をめぐる報道です。
松本サリン事件はオウム真理教が引き起こした事件のうちの一つ。
ちょっと前に、オウム真理教にすごく興味を持ったことがあったのですが、この冤罪については知らず、そういった意味でもとても興味深かったです。
すごく興味を持ったといっても、別に入信したいとかでは全くありません。
当時のオウム真理教が、諸々の事件を引き起こす前にどう扱われていたか、事件を引き起こした後はどう報道されたか。
入信していた人たちの手記、判決、それにまつわる本。そういったことを調べました。
江川紹子さんの『「カルト」はすぐ隣に』という本をご存知でしょうか。
オウム関連の事件を長年取材してきた著者が、カルト集団の特徴や構造をあらわにし、カルトに人生を奪われないためにどうすればいいのか、をといています。
かなり好きな本のうちの一つです。
今気づいたんですが、感想書いてなかったんですね。これは書かなければ…。またいつか書いていきます!
それに、今はYouTubeのおかげで当時の報道を知ることができます。本当にありがたいです。オウム真理教関連のニュースや、昭和天皇に関するニュース(一時期昭和天皇崩御の際の社会や、昭和天皇について興味を持ったことがあり、その時に調べました)を見ることができましたし、今でも記憶に残っているものはたくさんあります。
最後に
ということで、今回は『ニュースがまちがった日』の感想を書いてきました。
時代がちがうな、ということも認識しましたが、それでもやはり面白いところがいろいろありました。いろいろな面から考えられる本なので、誰かと感想を語り合いたいです。
この本、特に放送部にいる人や、ニュースに興味のある人、よくテレビを見る人には読んでもらいたいです。
私はテレビを見ませんが、テレビと新聞の違いなどにも触れられていて面白かったです。
今、SNSを通じて受け手と送り手の存在が近くなっています。
メディアにはどういう変化が起こっているのでしょう。今のメディアと、当時のメディアを自分の目で比較してみたいな、とも感じました
(ここで口だけになるのが悪いところですね…。余裕ができたら比較します)
最後までお読みくださりありがとうございました。いろいろな面でそれぞれの人が違う感想を持つ本だと思いますが、面白かったです。というか、またオウム真理教に興味が出てきたので『「カルト」はすぐ隣に』を読み返します!