うぐいすの音

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中山道69次資料館、その中は…?:中山道69次資料館No.2

 こんにちは。今日は5/3...私の好きなジャニーズグループSnowManの結成日です!私は自粛期間過ぎぐらいにSnowManSixTONESにはまりましたが、この頃記念日ラッシュで供給が多いです!昨日は5/2ということでホグワーツ最終決戦の日… スネイプ先生大好きな私(もちろんルーピン夫妻もコリンも他のみんなも好きです!)にとってはメンタル的に”泣”な日でした… でもジャニーズ関係の記念日も多いのでメンタル右往左往で忙しいです(笑)

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目次

 

中山道69次資料館の内部は…?

 今回は、中山道69次資料館の内部の感想を書いていきます!他の関連記事も全て下に貼っておきます!

 

chirpspring.hatenablog.com

 資料館は二階建てで、1階は日本橋からの解説で3部屋、2階は木曽路からの解説で3部屋用意されています。それぞれの部屋に資料やそれに伴う展示物が置かれています。

 

 それぞれの宿の情報は、岸本さんの書いた中山道 69次を歩く』を基準としています。それぞれ、すべて岸本さんが自分で訪れて色々な考察を繰り返し周りから色々聴きまくって情報を集めたものです。

 

 そして、上に「展示物」と書きましたが、これが普通じゃないんです…

まず私が一番驚いたのは、柳田國男の「石神問答」があったことです。もうかなり年季が入っていて、該当部分がコピーされてそばに見やすく置いてあります。柳田國男って私でも聞いたことのある、社会の教科書に出てくるほどの民俗学者ですよね…

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 その人の書いた古い本が、アピールもされずにそこに置いてあるのは驚きました。自分たちで少し回ったとに岸本さんに案内してもらったのですが、一回目は全く気づかなかったので、もっと観察眼を身につけなきゃです…

 

追記-柳田國男の本は、確かに古いものですが直筆とかそういった類のもではなく普通の本です!柳田國男の名前に驚きすぎて、少しオーバーに書いてしまったかもしれません(汗)

板橋宿ー石神としゃもじの繋がりは?

 ここからは、それぞれ聞いた豆知識に合わせて宿の順番通りに進めていきます!

まずは、板橋宿です。聞いた豆知識の中で面白かったのは、石神(しゃくじ)についてです。板橋区には、石神井川という川があります。石神井と言う名前の由来は、石神が井戸の中から出てきたことだそうです。それでは、この石神とはなんなのでしょうか。

縄文時代の遺品の中に、先の尖った石があります。そういった石は、当時の磨製石器のうちの一つ(石棒-男根をもしたと考えられる呪術・祭事に関連した特殊な道具)であると考えられています。それがシャクジと呼ばれ、漢字を当てると石神になるようです。

 その、片方の先が尖っていて(もしくは平)もう片方が丸い形が、米をすくう今でいう「しゃもじ」に似ていると言うことでしゃもじは昔から「しゃくし」と言われていました。ただ、元々石棒を模したものであるしゃくしの名前を使うのも如何なものか、と言うことで、京都の女房の間ではやっていた「もじ言葉」のおかげで「しゃもじ」と言う名前になったとか。

 ちなみに、日本で一番大きい石神は追分の近くにあるようです。軽井沢の近くに佐久と言う、新幹線も止まる市があるのですが、その佐久市のはずれに2mを超える石神があると聴きました。2mを超える石がひらけた場所にドーンと立っている姿を考えると、すごいですね…

 

 この石棒が男性を表したものだとすると、女性を表すのが土偶と言うのは知られていることだと思います。これに関する岸本さんエピソードが一つありました。柳田國男の「石神問答」の近くに、土偶が一つ置いてありました。縄文時代のものにしたら嫌に銀の線がついてるな、と思っていたら、なんと岸本さんが作ったものだとか… 驚くほどに精巧なものでした。「作っていたら、お店の人が間違えて線塗っちゃったんですよ…」とおっしゃっていましたが、それも納得できるほどの精巧さ。遠目から見たら本物だと思い込んじゃいます。

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群馬県といえば富岡製糸場

 10番の深谷宿などについては前回少し書きましたね。江戸を抜けると埼玉、群馬をとって長野県にきます。群馬といえば富岡製糸場が有名です。そこらへんの展示には、蚕のも置いてあったし、繭でつくるも置いてありました!絹が布になる前を見たのは初めてですが、キラキラしている黄色で、とても手触りも良かったです!繭を振ってみたら、カラカラと音がしたのですが、多分蚕の死骸が入っているのでは… そりゃ当たり前のことですが、生き物に助けられて絹ができていることを思い知りました(笑)

 

追分ー和宮降嫁で相生宿に。山の名前も変えました。

 2番目の部屋での注目ポイントは、追分にします!追分は、資料館が置いてあるところで、去年も歩きました!一番下に参考記事を置いているのでご覧ください!

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追分を含む中山道は、和宮降嫁の際に使われた道です。ただ、和宮本人は追分宿には泊まりませんでした。その理由は、追分の文字にあります。

和宮は将軍に嫁ぎに行く立場。それなのに「分ける」と言う字が入っている追分に泊まるのはいかがなものでしょうか。…と言うことで、和宮が泊まったのは追分隣の宿場、沓掛宿でした。ただ、沓掛だけだと行列のすべてが入らないので、和宮が昼に休憩をとった小田井宿追分宿、軽井沢宿にも行列の面々は泊まったようです。ちなみに、和宮が昼休憩をとった小田井宿では、手厚いもてなしに喜んだ和宮童子の人形を手渡したと伝えられています。それに由来して今でも小田井では夏に姫行列と言うお祭りがあるそうです。

 

 この和宮降嫁、いろいろな影響がありました。

例えば沓掛宿から見える離山(はなれやま)。この山も、「離れる」と言う字が良くないと言うことで、浅間山の子供のようだから子持山(こもちやま)」と一時的に改名されました。

和宮ご一行が止まるとなれば、布団の数も尋常なものではすみません。布団が足りなくなった宿場には、碓氷峠の向こう側の群馬の宿場町から数百の布団を持ってきたそうです。

また、人手も足りなくなります。そこでいろいろな場所から人手が集められましたが、資料が残っているうちの一つが水内郡平柴村からの人たち。

この平柴村、今は安茂里と言う長野市の地域の一つです。長野市は北信(長野の北の地域)、そこから軽井沢に向かったんです。直線距離で行っても50km以上。徒歩で行ったら、今の舗装されている道路だとしても70kmあります。ぶっ通しで歩いても14時間ぐらいかかる計算です。かなり遠いですよね。

しかも、下の写真をみてください。

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これを見ると、相生宿、沓掛宿、軽井沢宿に助けに行っています。相生宿なんて名前の宿場はありませんが、これはどこなのでしょうか…

これもまた、「追分という名前は縁起が悪い」という理由で、追分宿を相生宿にしたそう。それなら最初から相生宿にして小さい沓掛宿より追分に泊まればよくね…?と思いましたが、当時はいろいろなしがらみがあったのでしょうか。

この相生という名前も、適当につけたのではありません。そもそも、追分宿と言う名前の由来はその地域の街道の位置関係にあります。追分は、中山道と北国街道が分岐する場所です。追分にある「分去れの道しるべ」を右に行くと北国街道、左に行くと中山道となります。こうやって道が分かれるから、この場所は「追分」と名付けられました

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道が分かれるから追分、でも、平柴村から来た人たちは北国街道を通るので、中山道を通る和宮たちと会うところが追分となります。だから、相生という名前にしたのです。

 

世界地図から学ぶ、発想の転換

 これは、一つのものをどちらから見るかという違いから生じるものです。

この追分宿らへんのコーナーには、世界地図が置いてあります。その世界地図は、南北が逆になったものです。

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http://www.mapworld.co.nz/mcarthur.htmlより

 この地図は、オーストラリア人の学生マッカーサーが考えたもので南北逆の地図です。オーストラリアは、いつも地図の下の方にポツンとあります。特にヨーロッパを中心とした地図だと端っこです。日本を中心とした世界地図だとまだ中心の方ですが、それでも南半球のため小さく見えます。そのため、南半球(オーストラリア)を中心とした地図をマッカーサーさんが作りました。

 …確かに、イギリスにいた時の世界地図はヨーロッパ中心のもので、日本が「極東」のものでした。

そういう発想の転換はどんな時にでも必要だし、時にはそれがとても有効的になることもあるんだな、と思いました。中山道について学びに行ったはずが、それ以上のことを学べたので、びっくりしましたが嬉しかったです。

 

まとめー説明を聞くと価値が膨れ上がる

 ということで、今回は資料館の内部の感想を書いてきました!…全然終わりませんね。多分第4弾ぐらいで終わると思います。次の記事で資料館内部を終えて、その次で岸本さんのお宅と感想について書いていきます。

 資料館では貴重な資料がそこらへんに置いてあったり、縄文時代からのものが飾ってあったり、少し資料館の中を進むだけでも驚きの連続です。でも一番すごいのは、一人で資料を眺めてるだけでも面白いのに、岸本さんの説明を聞くとその価値が2倍にも3倍にも膨れ上がったように見えることです。さすが教師引退後に自分で資料館を作った方… 本当にすごいです。

 最後までお読みくださりありがとうございました。他にも追分関係の豆知識や、他の場所の知識などいろいろあるのですが、また別の機会に紹介していきたいです!次の記事もぜひ読んでください!

 

 

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