うぐいすの音

17歳の女子が運営しているブログ。本のレビューなどしていきます。

2023~2024で思うこと 自分の力を確実に、着実に、伸ばしていきたい

 明けましておめでとうございます!

例年通り、今年も一年の振り返りと目標を書いていきます。2023年内に書いているため、2023年を今年、2024年を新年として書き分けていきます。自分の振り返りや反省、記憶に残っていることなどを中心に書き進めていきます。もしよければ、気になるところだけでも読んでいただければ嬉しいです。

広島、大崎上島にて

 

振り返り

それでは、まず今年の振り返りから!

2023年1月〜3月

どれくらいで期間を分けようか迷ったのですが、とりあえずは冬休み〜春休みということで、1月から3月まで。ひとまとめにすれば、好きなことをやって、友達との仲も深まった時期だったと思います。

1月~2月は私の仲の良い友達や私も含め、複数人の誕生日がまとまっていた時期だったので、1週間おきくらいに誰かの誕生日パーティーを行なっていました。祝い祝われて、感謝感謝の数週間。

そして、趣味に没頭していたのもこの頃です。まあ、基本的に自分のやりたいことを優先してしまう性格なので割といつでも趣味に没頭しているのですが、写真やダンスへの熱量が特に高まりました。

朝焼けの浅間山

軽井沢にせっかくいるんだからと、朝には早起きをして日の出の時間帯に写真を撮り、夕方にはぐるっと散歩をしながら日の入りを撮り。それを二ヶ月間くらい続けていたでしょうか。一人で歩く時間が好きなので、良いリフレッシュになったな、と思います。写真を撮るために休日は早く起きて、平日は授業直前まで寝坊する…というなんとも言えない生活でもありましたが。

そして、同級生が学校を離れるということで、歌が好きなその人と、ダンスが好きな私の友達と私とで、歌とダンスのコラボレーションをやったのもこの頃です。3人での練習量は決して多いとは言えませんでしたが、初めて振り付けを作ったこともあり、とても印象に残っています。一緒にダンスをしたもう一人は、年齢としては私の後輩ですが、ダンスの楽しさを教えてくれました。その人と一緒に振り付けを作った経験などから大学に入ってもダンスを続けたい!と思えたので、大事なターニングポイントだったのかな。

あとは、友達と星を見たり、写真を撮って星座を探し当てたり、身近にある自然を楽しめた時期でもありました。そして、羽生結弦さんの東京ドーム公演"GIFT"に行けたのも忘れられない思い出です。叔母と一緒に行ったのですが、初めてのスケート鑑賞があの公演だったなんて贅沢すぎました…!!

ある日の日没

また、3月はISAKのプロジェクトウィークで、学校の予算を使ってプロジェクトメンバーと一緒に広島へ。さまざまな出会いや学び、ついでに絶好の写真スポットや食事を存分に享受できました。普段あまり学校外の人と接する機会もないので貴重な体験でしたが、多分書くと止まらなくなるので一回ここは保留で。もしかしたらまたどこかの機会で書くかもしれません。

大崎上島の夕暮れ

大崎上島の日没

2023年4月〜8月

4月から8月と大きく分けましたが、この時期は本当に色々あったな、と思います。初めて受けた大きなテスト、プロジェクト、旅行。

 

私の通う学校はIB(国際バカロレア)を学習カリキュラムとしているため、テスト形式も公立校とは大きく異なります。G10(高校一年生)はPre-IBとしてIBの準備期間、G11(高二)とG12(高三)がIBを受講。G12の5月に受ける試験が最終成績となるのですが、その前にG11の5月、そしてG12の2月に大きな試験があります。この場合の大きな試験とは、全教科一斉に受ける試験なのですが、期末試験とはまた少し違い、エッセイなどを中心に1科目合計4, 5時間ほどをかけて数週間で終わらせます。

G11の5月に受ける試験はそれよりも少し簡略化されていますが、大元の仕組みは変わりません。勉強自体は楽しいのですが、負担はかなり大きく、この時期は全員かなり精神的に消耗していました。上の学年(G12)は同時期に最終試験を受けるため、もちろんG12の方が優先されます。予習をしていても採点などの優先順位は基本G12ですし、勉強場所もあまりずっと占領することはできません。テストへの準備期間もなく、テストの直前に新しい範囲を覚えるような授業スピードでもあったので、楽しさよりも疲れや苛立ちが先行していました。結果として特別悪かったわけではないのですが、今振り返るともう少し努力できたかな〜とも思います。

 

chirpspring.hatenablog.com

 

まあ、勉強は学生の本文なので疲れるのはしょうがない。逆に友達と一緒に勉強したり議論しあうことで色々な発見もありましたし、朝の試験に遅れないよう寮の中で起こしあったりするのも青春の思い出になったのかな。あと、試験の数週間前に学校の歴史の授業で海野宿に日帰り旅行をしました!海野宿自体は行ったことがあったのですが、説明しながら回る海野宿は再発見や新発見が多くあり楽しかったです。

海野宿にて

この時期は、プロジェクトにも注力しました。

学校のプロジェクトは3月のプロジェクトウィーク以降試験準備などであまり動いていなかったのですが、学校外でやっているプロジェクトはこの頃が佳境でした。6月に広島でイベントをやろうと数ヶ月準備をしていたのですが、イベント実施の1週間前に中止に。私たち主催者側にもちろん責任があるのですが、色々と遺恨が残るというか、釈然としないこともあり、後悔も反省も残る結果となってしまいました。それでも学んだことも多かったですし、あれがあったからこそ成長できたとも思います。考えることの多い数週間でしたし、今もその学びをいかせていると感じます。

 

chirpspring.hatenablog.com

 

そして、広島で企画していたイベントだということもあり、広島に久しぶりに行きました!私の祖父母の家が広島近郊にあるので、数年ぶりにおばあちゃんちにも行きましたし、なんなら10年ぶりに宮島と広島平和記念資料館にもいきました。

広島 宮島にて

広島 宮島にて


あとは友達と茨城旅行に行ったり、東京に行ったり。

数年ぶりに会う友達もいれば、学校でずっと生活していた友達と学校以外で会ったり。

旅行で充実した6月〜8月でした。色々と写真も撮れましたし、月並みな感想ではありますが、楽しかった!!数年ぶりに行く場所、会う人、読む本。新しく行った場所、会った人、読んだ本。最高でした!

茨城 車窓から

茨城 駅から見る夕焼け


2023年8月~12月

8月が二回出てきていますが、ここでの8月は8月中旬、学校が始まってからです。ISAKはインターのため、8月始まりです。よって、この8月から学年も新しくなり、G12(高校三年生)となりました。さすがにG12となると勉強がめっちゃ忙しくて、一つ課題が終わったら二つ進行中の課題があって、三つ課題が舞い込んで来るレベルでG12は基本全員死んでいました。会って最初の挨拶の言葉が、「今日はテストあるの?」だったりしました。

同時に、勉強って楽しいな、と思ったのもこの時期でした。もちろん大変なんですが、好きなことに関しての論文を書けたり、リサーチができたり。それこそ原爆についての論文を書いたり(日米での原子爆弾に関する教育を比較するというテーマでした)、太宰治の戦後の活動に関してレファレンスをしたり、歴史や文学に関する知見も増えた数ヶ月だったと思います。太宰に関しては夏休みから始めていたのですが、思ったより調べる内容が多く結局学校が始まってからも何回かやり取りをするほど。初めてちゃんとレファレンスを支えて満足でした!

勉強以外で言うと、将来に関して考えたり、またまた趣味に熱中したり、友達と色々話したり…。

将来に関しては、そりゃあ考えます。高校三年生なので大学受験とか受験とか試験とか色々ありますし。とりあえず海外大学(イギリスとアメリカ)を受験するのですが、今日(大晦日アメリカの願書は全て出し終わったのでとりあえず一安心。自分の好きなこと、興味、そういったものを特にこの2年間で見つけ、深掘ることができました。これからどうなるかはまだ受験も終わっていないしなんとも言えませんが、笑顔でブログに書けるような結果にしていきます!

 

そして、趣味にも時間を使うように…。

「また趣味かよ、受験生なのに」と言うツッコミは自分でも何回もしているんですが、どうしても止められません。大きく分けて、読書、落語、ダンスに熱中しました。読書に関しては、どうしても勉強やらなんやらでままならなくなった時に、1日一冊のペースで睡眠時間を削って読んでいました。睡眠時間の大切さなどはわかっていますが、どうしても精神安定のために必要でしたし、そのおかげで自分の進路もある程度定まったので大切な時間でした。

それに、軽井沢ブックフェスティバルや本日和など、本に関するイベントに何個か関わったことも読書の頻度を上げた理由の一つです。本が好きな人たちと会うと、どんどん読みたい本が溜まっていきますし、自分でも積読リストを解消しなければいけないという焦りに駆られます(笑)。

どちらのイベントもプロジェクト運営という面で学んだことが多くありましたが、それ以上に本への気持ちを再認識した点が重要だったな、と思います。どうしても読書量が年々減っていく中で、読書の大切さや豊かさに改めて気づくことができました。詳しくは以下の記事に書いてありますので、ぜひ!

 

chirpspring.hatenablog.com

chirpspring.hatenablog.com

 

落語は、何回も個人的にブームが来る趣味のうちの一つなんですが、またまたブームが到来。珍しく自分の住んでいる町で落語会が行われ、それが土日だったので家族で行ったことで自分の中で落語ブームが再到来し、結局火を鎮めることができずに秋には寄席に5年ぶりに向かいました。番組(顔づけ)もとても良かったこともあり、本当に大満足。そこから落語に関する本を図書館から借りて読み漁ったり、YouTubeで落語を聞いたり、Wikipediaで落語家のページをどんどんどんどんスクロールしたり…。

大学に行けば落語なんて絶対に聞けないと思います。ISAKを卒業したら、限りある時間ではありますができるだけ落語に行きたいです。波はあっても10年間落語を聞いていて、本当に自分は落語が好きなんだな、と。

 

chirpspring.hatenablog.com

 

そして、最後に欠かせない趣味となったのが、ダンスです。もともとダンスは好きですし、高校でダンス部に入ってからはダンスクラブにもかなり時間を使ってきました。この3年間で、じんわりと、でも確実に、ダンスは私の表現方法の一つになったし、「趣味」ではありますが、ちょっと特別なものになったかな。競技ダンス(社交ダンス)は習っていたけど、今やっている種類のダンスは習ったこともなく、初心者からはじめました。2年前の冬に初めて学校でダンス部として発表会に出て、1年前の冬に初めて振り付けを作るようになって、この冬には初めて東京のダンススタジオでダンスレッスンを2回だけ受けて。長野の山奥に住んでいてダンスを習うには限界がありますが、周りにはダンスが好きな友達がいっぱいいます。

ISAKという環境は、ダンスが特別に上手い人が多いわけでもなく、コーチがいるわけでもなく、成長しやすい場所とはいえません。でも、ダンスが好きな人たちと一緒にダンスができる場所です。私自身も初心者だからこそ、大学でダンスクラブに入ったら今以上に褒められることも、スポットライトを浴びることもないかもしれません。というか、ないでしょう。

だから、ISAKのダンスクラブを大事にしたいな。あと半年もないですが、色々なレベルの人たちと一緒にダンスに向かって楽しむ場所は貴重ですし、特別です。それに褒められるのとか、すごかったって言われるのとか好きですし、あと発表会は一回だけだけど、そこで存分に自己肯定感高められるように頑張りたいです(笑)!!

 

ということで、今年の振り返りはこんな感じ。

なんとなく、再発見、自分史の振り返りが多い一年だったかな、と思います。

10年越しに平和記念資料館に行けたこと。

6年間ずっと探していた漫画を揃えられたこと。

5年ぶりの寄席。

3年ぶりの作詩。

他にも、懐古というか、自分を振り返る時間、自分のルーツを探る時間がいっぱいありました。高校三年生という節目の年で自分を振り返り、自分を見つめ直せました。

 

chirpspring.hatenablog.com

 

2024年に向けて

新しいスタートを切らなければいけない来年は、どんな年になるのかな。

私の学年は、2024年卒業ということでClass of 2024と呼ばれます。2024という数字は、三年前から私の学年を表す数字でしたし、ついに2024になるのかと思うと少し感慨深い気もします。

 

意識していきたいことはいくつかあります。

 

自分の大切なものを大切に

今年は、人と意見をぶつかり合わせることも何回かありました。中には、多分まだ私が言いたかったことが伝わっていない人もいます。衝突以前より仲良くなれた人もいれば、もうほとんど話さなくなってしまった人もいます。

大切なものは一つに決められません。大切な信念、大切な思い出、大切な友人、大切な出来事。色々なものがあります。できるだけ、それらを取りこぼさないように。

でも、どうしても何かを選ばなければいけなくなったら、自分を蔑ろにしないように。

 

理想と現実は違いますし、乖離することももちろんあるでしょう。

だからこそ、自分の中で優先すべきものをしっかりと持って、自分の軸を壊さないように、必要以上に譲らないようにしていきたいです。

 

そこまで深刻なことでなかったとしても、例えばダンス、読書、落語、あと私は競馬を見ることも好きなので、時には「そんなダンス/読書する意味ある?」とか「落語/競馬見るなんて変わってるね、どこが面白いの?」とか言われる時もあります。まあ、特に落語に関しては周りに落語好きがほとんどいない(強いていうなら家族?友人で落語に関して語り合える人はいません。)のでしょうがないですが、そんな時に好きなものを堂々と好きって言っていたいです。もうこれは割とできるようになってきてはいますが、やっぱりたまーに言われると、対応できなかったりするので。

自分の好きなものに正直に、自分の気持ちに正直に!

 

やり残したことがないように

もし本当に海外大学に行くことになったら、今普通にできていることができなくなるかもしれません。食べ物やお店はもちろん、落語を聞くだとか太宰について語り合うだとか会いたい人に会うだとか。

それに、当たり前ですが5月の試験に向けて今以上に本腰を入れていかなければいけません。後で、「これをもっとやっておくんだった」と後悔しないように。

勉強はもちろん、学校で、今の友達と過ごせるのも後少し。私の学校は試験が終わったらその翌々日とかにもう卒業式→寮を追い出されるので、気づけばすぐに離れ離れです。ダンスを友達と踊ることも、夜中まで話し合うことも、ラーメンを作って一緒に食べることももうなくなります。

やり残したことがないように。気をつければできていたことで後悔したくないですから。

 

辛さを楽しさにできるように

そして、多分ですが、新年は辛いことも多くなると思います。

まずは勉強することが辛く感じる時期がやってくるはず。どんだけ勉強が楽しくて、勉強が好きでも、もう嫌だ、って感じる時はまず間違い無くやってくるはずです。

その後、友達や先生との別れがやってきます。

そして、大学では(ちゃんと入れたらですが)、新しい環境に慣れていくのがまず辛いんじゃないかな。もともとコミュニケーションをとることに苦手意識があるので、避けられないはずです。

そんな辛い時に、できるだけ辛さを楽しさに変換できるようにしたいです。辛いだけだとやっぱりつまんないというか、楽しくないので。ピンチをチャンスに、なんて言葉がありますが、辛いと感じる時は自分が成長できる時ですし、楽しさに変えられれば、より成長できると思っています。

色々と楽しいことや悲しいこと、嬉しい時や苛立つ時などはあると思いますが、最終的に「楽しかったね」って笑顔で言えるような一年にしたいです。

前向き大事!!

まとめ

ということで、書きたいこと、思い出してきたことは数えればキリがないですが、明日の朝は早いのでここら辺で筆を置きます。

この記事を書くのももう6回目、ブログ自体はそろそろ7年目に突入です。

色々と書いてきましたが、このブログも私の中ではよりどころの一つです。ダラダラと駄文を書いていても読んでくださる皆様がいるからこそ、自分の頭も整理できますし自分の感情も整理できます。

いつも本当にありがとうございます。今年、私や私の周りに大きな怪我や不幸などがなかったことに心から感謝を。そして、来年私や私の周り、そしてここまで読んでくださっている皆様が健康でいられることを願って。

最後までお読みくださりありがとうございました。いつも支えてくださって、本当にありがとうございます。新年が皆様にとって良い一年となりますように!

 

本日和:イベント運営に関わってみての感想 -高揚と、懐古と、反省と

 こんにちは、高校三年生が思ったより忙しいことにびっくりしている今日この頃です。自分を休める時間が最近ないので、無理やりこじ開けてブログを書いていきます!

 

 

 今回書くのは、軽井沢で起こった本のイベント『本日和』の感想に関して。このイベントは、12/3日曜日に軽井沢の学校7校全てが関わる町最初のイベントとして開かれました。ホームページはこちらです。

sites.google.com

このイベント、軽井沢町で初めて、公私立混ぜたすべての学校から運営メンバーが集まったものでした。教員間でも7校集まって行われた催し物などは今までになく、そういった意味でもとても大きな意味を持つイベントとなったのではないかな、と思います。

 

本日和は、もともと去年、軽井沢風越学園が学校内で行ったイベント。その時の様子は下に参考リンクを貼ったので、そこから知ることができます。

そして軽井沢風越学園の中で行われていたイベントを、軽井沢の町でやりたいと風越の生徒がいい、そこから実行に移されました。ISAK(軽井沢のインター)からも、私を含む8人ほどが実行メンバーに加わり、総勢27名で「本日和」の計画が始まりました。

 

うーん、書き出したのはいいものの、何から書けばいいのか。いろいろな感想があり、ちょっとまとめにくいですね。

 

 

とりあえず、本日和の終わってみての感想を書いてみます。

「本日和」は様々なブースが作られ、お客さんはそうしたブースを回っていく形式のイベントでした。

ブースは例えばPOP作り、しおり作り、本に関するゲーム、世界のおとぎ話の読み聞かせなど。生徒が中心となったものが7個、大人(読み聞かせ団体の方やゲストの方など)が中心となったものが4個の、計11個のブースが用意されました。

 

10時から4時まで会場を開けて、最終的には255人のお客さんがいらっしゃいました。予想以上の人数となったため、かなり嬉しかったです。それぞれの学校の関係者の方や保護者さんたちが主な来場者ではあったのですが、信濃毎日新聞やイブニング軽井沢など地方新聞、地方雑誌で取り上げていただいていたため、そうしたメディアでの宣伝の効果もあったのかなと思います。

 

人数だけでも個人的には驚きましたし嬉しかったのですが、それ以上に内容が良かったなあと思いました。来場者は子供が中心で、その子供たちが楽しめるブースはもちろん多くあったのですが、保護者の方も楽しめる、イラストレーターの方による講演などもあり、様々な年齢層がある程度は楽しめる構成となっていたと思います。

会場自体もとても活気があり、一緒にブースをやった同じ学校の生徒も、「小中学生なのに本当にすごい、ISAK生がこれできるかわからない」とまで言っていたり。努力の賜物ですし、できるできないに関わらず、そこまでやろうとする人が少ないのは確かだろうなと思いました。

 

来た人たちが「楽しい」といってくれたり、「またやりたい」と言ってくれたり。中には、3時間もいてくださった人が感想に「3時間じゃ足りなかった」と書いてくれたり。

もちろんあまり「楽しくなかった」と運営に向かって面という人はいないですが、それでも楽しんでくれた人が多かったことは嬉しかったな〜と思いました。

 

軽井沢ブックフェスティバルの運営に関わった際は、本好きな人たちと作る濃密な時間に心が湧き踊るようでしたが、今回のイベントは年齢層が低かったこともあり、「本の楽しさを知ってほしいな」と思うような時間でした。

さらに、小学校以来やっていなかったしおり作りやPOP作りなど、いつもはあまりやらないようなことを運営者の小学生の子に教わりながら挑戦してみるのは本当に貴重な体験だったな、と思います。あ、大人が運営しなくて良かったな、と思った瞬間でした。

 

コンセプトは、「本と出会い、本を楽しみ、本で知り合う」。

その通りの時間になったな、と感じます。

この本読んでみたい!を提供され、提供し、本に関するゲームや話で盛り上がり、そして本を通していろいろな人と知り合う。

 

本好きじゃなくてもある程度楽しめるイベントだったんじゃないかな。

とても豊かな場所になっていたと感じました。

 

そして、個人的なハイライトが一つ。写真絵本の制作です。

実は私、7年前にこの写真絵本づくり講座を受けたことがありまして。まだ東京に住んでいた時に、湯島聖堂を回って自分で写真を撮り、撮った写真を使って写真絵本を作る、というワークショップに親子で参加したんですね。

緑がいっぱいの静かなところで写真を撮って、絵本にするために写真をペタペタ紙に貼り付けたことを朧げに覚えていたので、「あ、この人知ってる!!」となった時にもうテンションは爆上がりです。

自分がやることがなくなってワークショップの方へ行けたのが、もうワークショップ自体が閉まる寸前。「まだ作っている人は作っていて良いですよ」という優しいお言葉に甘えて、他の人の作った作品の「出版記念会」が行われている傍で私は写真に合う言葉を考えていました。

 

7年前に私が作った作品は、正直今どこにあるかわからないのですが、17歳の私が作った作品はなかなかに会心の出来。五枚の写真を見ている間にふっと宮沢賢治の「星めぐりの歌」が頭の中で流れてきたので、「星めぐりの歌」をオマージュした(要するにパクった)作品となりました。写真を撮ったので、汚い(&見えづらい)字ですがもしよければご覧ください。

 

表紙、裏表紙

くろいくちばしのあぶ

ひろげたあわむらさきの花びら

くろいめだまのせみ どんどんとおざかっていくぬけがら

おしべはひかりをさがし ありはひかりとうたう

ぶなのはだもようはかたつむりととけあう

みどりのおおきなかげをうしろにごかいあしをうごかしたところ

あたらしいふたつのめぶきは もりのめぶきのめあて




かけた時間と、私の詩の創作に対する苦手意識にしては、かなり良くできたのではないでしょうか。写真を見たときに、生き物が自然にふれ、そして一体化していくまでの様子が描かれているような気がしたんです。その流れが表れていたらいいな、と思います。この頃、苦手意識があった創作も結局は楽しくできていて、自分自身の成長を感じます。

 

17歳の私はこういう作品を作るんだなあ。

10歳(11歳だったかも)の時の自分は、ちょうど青い鳥文庫が大好きで、少しずつ難しめの本も読むようになっていた頃でした。

今の自分は、当時からは想像もできませんが、文学も好きで、説明文も割と読んで、小説が一番「もっと読まなきゃ、読みたい!」となっています。それに、カメラも始めました。

10年後の自分はどういう作品を作っているんでしょう。

楽しみです。

 

あと、今回も感じたのが、小寺さんの人を褒める力の凄さ。もう、どんな作品に対しても、誰に対しても、必ず褒めるところをいっぱい見つけるんです。水が流れるようにサラサラっといいと思ったところをいう。しかも、その気づきは創作者の私も意識していなかったところだったりして。最初、普通に森のイメージだったので緑色を表紙に使ったのですが、小寺さんに「うぐいす色だね」と言われて、「あ、確かに!」となりました。紙の余白の使い方だったり、視点の面白さだったり、いろいろなことを褒めてくださり、自己肯定感も鰻登りの時間でした。

 



他にも絵本の読み聞かせや、『ツナグ(辻村光希)』の文庫表紙を描いたイラストレーター、最上さちこさんのお話、そして、大日本印刷さんによる読書支援の展示。ここではPOPや、本をお勧めできるコーナーがあり、とても勉強になりました。

確かに本をおすすめし合えるシステムっていいよなあ…似たようなことを毎年考えてる気がします。これは何かの天啓なのかも?

 

学びも多く、楽しさも多く、気づきも多かった1日でした。新しく友達も作れたしね!

どうやら何人かが担当となって、打ち上げを企画してくれるらしいので楽しみ!

いろいろな子ども、生徒、教員、保護者、周りの方の力を借りて、出来上がった素晴らしい時間だったな、と思います。

 

というのが、ポジティブな感想。

 

ここから先は、ちょっとネガティブというか、もう自分の反省点をただつらつらと書いているだけの文章となっています。「本日和」がメインというわけでもないですし、自分が忘れないために書いているので、綺麗に終わりたい方はぜひ他の記事やサイトに行ってみてください!

 

photokodera.com

www.tis-home.com

askoma.info

www.dnp.co.jp

 

 

予防線は張り終わったので、ここから反省開始!

実際に本当に楽しかったし、運営できて良かったな、とは思うのですが、またやりたいかと言われると一瞬躊躇うイベントでもあったな、と感じます。

 

なんというか、疲れました。

 

自分が中心ではない、もしくは自分の近くに主催者がいないイベントを行う経験があまりなく、もっと言ってしまえば自分より年下の子が主催するイベントを運営する経験というのは今まで皆無でした。

そして、今回は風越学園の生徒が発起人となったため、どうしても風越の子に負担がいってしまう形だったのですが、プロジェクトの進め方だったり外部との連絡の取り方だったり、やはりここまで大きなイベントを、あまり外部との経験がない人がやるのは難しいところもあるよな〜と思うような感じが最初はありました。

私が風越学園と少し縁があったので、でしゃばり気味ではあったと思うのですが、自分がISAKで学んだプロジェクトの進め方や、気をつけたいこと、大事にしたいことなどを話す時間を作ってもらって。もともと面識のある子も数人いたため、なんとかかんとかみんなにも受け入れてもらえたかな、と思います。

 

そうすると、それまで感じていた「あともう少しここが…!!」という気持ちが嘘のようにミーティング中も減ったので、正直本当に驚きました。

私が何かを教わっても、あそこまで吸収できるのか、吸収した後に自分でも試行錯誤できるのか、あまり自信がありません。多分それは年とか経験のせいにしてはいけないもので、自分がまだまだ未熟なんだな、と感じたものでした。

 

このプロジェクトに関わっていた人の中で、ISAKとの連絡担当を最初してくれていた風越の中学一年の生徒さんなどは、外から見ていても「この人は今、ぐんぐん成長しているんだろうな」と思ったり。上から目線のようにはなってしまいますが、負けないようにしなきゃ、とふとした時に思い続ける期間でした。

 

そして、他の学校に比べたときのISAK、つまり私たちのプロジェクトの下手さも露骨になったかな、と感じました。各自が忙しいことは前提ではあるのですが、自分からやりたいと志望したにも関わらずミーティングやタスクがしっかりこなせない。

これは私も対象です。私も、結局イベントに必要な資料を作りおわったのは前日で、印刷したのは当日の朝でした。その過程で何か急に対応しなければいけないことが起きてたりすれば、絶対間に合わなかっただろうというようなやり方でした。

言い訳はたくさんつけられます、みんながそれぞれめちゃくちゃ忙しかったとか、学校内で風邪が流行っていたりだとか。

でも、実際全部の学校の中で、ISAKの生徒が一番といっていいほどミーティングやリハーサルに参加しなかったのは確かでした。

 

どうすればもっと気持ちよくイベント当日を迎えられたのか、今も考えます。私が最初連絡の窓口になっていたので、連絡の仕方が悪かったのか(リーダーなどいないのに、結局私がまとめる感じになってしまったので)。それとも翻訳、通訳の仕方が準備不足だったのか(正直これはあるような。結局イベントのホームページなども当日の3日前ほどに英訳版を作ってもらったような状況だったので)。もしくは、日本語中心/風越生中心だったからこそISAK生の責任感が薄れてしまったのか。

でも、風越生が発起人だったのは最初からわかっていたことですし、ブースに分かれてからは役割がいい感じに分散されていました。メールの最後には英訳もつけてもらっていましたし、まあ、最終的にはISAK生がちゃんと取り組んでいなかったというだけの話なのかな。

 

結局全て前日とかに準備をして、それでなんとかなってしまう部分がISAKにはあります。今回も、最終的には皆さんに楽しんでもらえるブース「世界の民話」となりました。もちろんちゃんとやる気のあるプロジェクトでは、みんなしっかり準備をして、計画を立てる人たちです。

今回も、夜遅くまで翻訳を一緒に頑張ってくれた人や、前日に仕事を振ったのに当日しっかりブースで日本語話者として一人で対応をしてくれた人、熱が出ているのにアイデアをくれた人など、この人たちがいなかったら本当にキツかっただろうな、と思うところもいっぱいありました。

 

それでも、本日和がISAK生にとっては「面白そうだから参加した」どこにでもあるようなプロジェクトだったとしても、他の学校の子達にとっては、特に小学生にとっては「初めて参加する大きなプロジェクト」です。他の生徒さんたちに失礼な態度を、学校として、準備中にとってしまったと思います。そして、その責任は、個人での頑張りをグループでの頑張りに広げられなかった自分にあるんだろうな。他の学校の人でも参加しない生徒はいたけど、そうした割合がISAKは大きかったので。

ISAK生でこのプロジェクトに関わった人たちを批判したいのではなく、結果的にISAK生の関わり方が一番プロジェクトに対して失礼になってしまったと感じたので、その関わり方を許容してしまったというか、作ってしまった自分の反省です。

 

ISAKの学校としての外部との関わり方って、そもそもが割と杜撰な印象を受けるんですよね。私はこの8月から12月で、三校の地域の学校とISAKでのコラボを取りもつお手伝いをしていたのですが、毎回「ISAK…」と思ってしまう結果にはなりました。詳しく書くと愚痴になってしまうので控えますが、まあ、正直来年からのコラボがどこまで行えるのかは微妙なところだよな、とは思っています。特に学校同士でのコラボですとISAK側のメリットが薄くなりがちですし、教員側もそこまで乗り気ではいられないのかもしれません。

 

勿体無いな、とは感じます。個々のプロジェクトはそれぞれすごくて、私は足元にまで及ばないと思う人たちがたくさんいるのに、それが地域にはこのような形で広まってしまうと…。生徒間での交流は良いものになっていると願いたいですし、実際に今も交流が続いている生徒たちもいるようですが、教員の方たちのお話を聞いていると、学校に対する気持ちはさまざまなようで。

私も実際に、「これ、私いなかったら絶対できていなかったよね」と思うようなことがありました。それは、私が特別に何かができるということではなく、しっかり時間を使い、注意を払い、目標を持つという当たり前のことを当たり前にやっている人がいないといけない、ということです。どうしてもISAK側は、向こうからコラボのお願いがあることが多いこともあいまり、「自分たちが行ってあげる」という意識になりがちだなと思いました。だからこそ、自分たちが始めたプロジェクトよりも、時間も注意も目標も、あまり大事にしようとしない。まあ、やりたいことを優先するのは大事なことですが、自分の中で完結するならともかく、外部が関わって、こちらも了承している時点でその態度は許されないでしょう。

 

地域での交流にそこまで学校が重きを置いていないということなんでしょうね。今までの話は、生徒が対象というより学校を管理する側や仕組みなどが対象ですし。私が関われる範囲だったら、できるだけ間に入りたいとは思っていますし、実際に今年はかなり時間を使って間を取り持ったところもありましたが、だからこそ本日和では私がリーダーなどの立場ではなかったにも関わらずそれに近いような形になってしまって。

うーん、難しい。

ISAK内ではISAKと地域の関わり合いについてそこまで話を聞きませんが、こうして数ヶ月他の学校の教員の方々と話したりしていると、いろいろな思いがあることがかなりわかったな、と思います。私は普通に連絡の対応をしているだけなのに、「ISAK生でもやってくださる人がいるんだ」って言われたりとか。

 

そういう長期的な思いも含めて、「本日和」は少し疲れたな〜と思いました。最初はプロジェクトの進め方などで自分がどちらかというと教える立場になって、ちょっとは役に立てたかなと思ったら、今度は自分があまりちゃんと管理できていないことが露わになって。でも本日和に関してはメンバー一人一人が同じ立場なので、管理したくなくって、でもそれだと結局やらない人が増えて…。一人だけ頑張るんじゃダメなんだっていうことを久しぶりに実感しました。次こうしたイベントがあった時に、どうすれば良いのか、まだわからないですし、私はまた失敗するような気もします。

 

このブログを読んでいるかもしれないISAKの人たちへ

私のブログを読んでくれる人たちもいるので、読むかはわからないけど一応注釈。みんなが働かなかった、というふうにもしも受け取ったとしたら、それは私の文章力のなさです。

私は、もっとちゃんと働いてほしいと思った時はそれを言ったし、みんなはそれを受けて、忙しい中で自分のやることをできるだけやろうとしてくれて、それには本当に感謝しています。そもそも私はおとぎ話のブースではないから、みんながいなかったらあのブースもできていないし。

私がここで反省したい/愚痴りたいのは、みんなへの伝え方を間違ってしまった自分の言語能力の無さ、そして強いていうなら学校の、管理者側の、地域との連携の仕方です。直してほしいと思った時は私も言うし、逆にみんなにもこのやり方がわかりづらかったとかあったらいつでも教えてほしい!

読み返してみて、勢いで描いたので、誤解が生まれるかもと思いこの文章を入れています。本当に一緒にやってくれて、自分がいけなかったとしても気にかけてくれてありがとう!また一緒になんかやりたいね、この前話してた読書会とかもやろ!

 

まあ、長々と書いてしまいましたが、伸び代は(主に自分に)いっぱいあるよっていうことで。

こうしたモヤモヤする気持ちは少し学校のスタッフ側にも(といっても雑談の範囲ではありますけど)伝えることができたので、来年からコラボが行われるにしても行われないにしても、ある程度の礼儀を守った対応がなされていくといいな、と思います。

それに、コロナ前の話を聞いていると、本当にひどかったようなので、それが今のISAKで起こることがあまり想像できないこの現状も、改善されていることの証拠なのかなと思ったり。

 

もしかしたら、また外部とのコラボが冬休み明けに起こるかもしれないので、自分の勉強を第一にしつつ、ある程度は関われたらな、と思います。学校外の人とお話しするのは楽しいですし、何よりいろいろな学校に行くのは楽しいです。

 

話のメインを「本日和」に戻すと、このイベントがそこまで持続可能ではないなと感じたのは、ひとえに教員や一部生徒への負担が大きすぎるから。生徒が中心になる裏側では、いろいろな学校の教頭先生や校長先生、担当教員の方々のサポートがあります。今回私は高校三年生という年齢もあり、少しそうした裏側も覗きながらの仕事となりました。

教員への負担を見た時に、私がこの程度でうだうだ言ってられないなということはかなり感じましたし…。

 

もちろん来年も行えれば一番嬉しいですが、来年私はそれに参加できません(もう大学生なので)し、行うにしてももう少し負担が分散された形で行えればいいなあと思います。

楽しくて、ワクワクして、結果的には大成功だった本日和でしたが、改善点も大きく見つかった期間となりました。これからも、今回の楽しさや知り合った人とのご縁を大切にしつつ、好きなことへと向かっていきたいなと思います。

 

最後までお読みくださりありがとうございました。思ったより長くなってしまいましたが、今思っていることがなんとなく整理できたかな、と思います。これから自分ももっと成長していきたいですし、今回知り合ったみんなと成長していきたいです。素晴らしい機会をくださった「本日和」運営に関わった皆さん、本日和にご来場くださった皆さん、このブログをここまで読んでくださった皆さん、そして7年越しに写真と物語のコラボの楽しさをまた教えてくださった小寺卓矢さん、ありがとうございました!

この頃感じた方言の面白さ!井上ひさし『父と暮せば』より

 こんにちは!今回は、覚書として短めに井上ひさしの『父と暮せば』を読んでいて感じたこと、調べたことなどを書いていきます。

 



今、Japaneseの授業(国語とはまた少し違う、国際バカロレアカリキュラムの日本語:言語と文学』という授業です。詳しくは他の記事を見てみてください!)では井上ひさしの『父と暮せば』という戯曲を用いて学習しています。

父と暮せば』は1994年に初演、1998年に出版された井上ひさしの原爆三部作のうちの一つで、原爆によって父親を失った女性、福吉美津江の過ごした数日間を描いた話です。

なぜか現れた父親の幽霊、原爆の後に友達の母親が残した美津江を非難する言葉、そして揺れ動く美津江の人間関係と、生きる意味…。

的な感じのお話なのですが、このお話、繰り返し読めば読むほど面白いなと思いました。

 

その中でも、特に面白いと思ったことに関して書いていこうと思います。

 

 

1. 方言に関して

 

最初に長い言い訳を書いておくと、ちゃんと調べられているわけでもないですし、信頼性のあるソースはあまり使えていません。それはあなたが思い違いをしているだけ、と突っ込みたくなるところもあるかと思います。私自身も今調べている最中ですが、もし間違いや知っていることなどがありましたらぜひご連絡いただけるとめちゃくちゃ喜びます!

また、知識のない初心者が書いているため文の至る所に「らしい」とか「よう」とかが散見されます。読みづらくなっているかと思います、申し訳ありません!

 

この戯曲の大きな特徴のうちの一つに、会話文が全て方言で書かれていることが挙げられます。広島弁を父親も美津江もしゃべっており、慣れていなければ少し読みづらいのではないでしょうか。実際に私も戸惑いながら初読は読み進めました。

その中でもクラスで方言として取り上げられたのは、

「おとったん」「ありがとありました」「ほたえる」など。

もちろん全て会話文は方言ですから、これだけではありません。

 

私はもともとある程度方言に興味があり、親戚にも広島弁島嶼部ですが)喋る人たちがいるため、どちらかというと「〜じゃけえ」「〜(し)とる」などの方言に親しみはありました。また、『うちのトコでは』という方言満載の漫画を読み込んでいるため、他の地域の方言もなんとなく知っているものはあります。

 

そんな中で、読み進めていくうちに「本当にこの方言は広島弁なのか?」と思うところがいくつかあったんですね。

例えば、「おとったん」。これは聞いたことがありません。おとん、お父さんなどは広島で使われるようですが、おとったんというのか。母親(広島島嶼部出身)に聞いたところ、「少なくとも広島弁としておとったんとは聞いたことないけれど、父親を表す言葉は地域の影響より階層の影響が大きいし家で違うのでなんとも言えない」という回答でした。

 

「ありがとあります」は、母親のいた地域では使われないよう。ただ、「〜ございます」を「〜あります」というのは方言として山口や広島であり、「おはようあります」という言い方はあるそうです。

(おはようあります。 | 日刊わしら - HIROSHIMA DAILY WASHIRA)

 

 

「ごっつ気の利く」。ごっつって広島でもいうのでしょうか。私の中ではかなり関西、特に大阪の方言なイメージがありました。「ごつい」「ごっつい」は広島でも聞く印象がありますが、「ごっつ」はあまりなく…。

 

「〜にゃあ」「〜みゃあ」「どえりゃあ」は割と名古屋弁なイメージがあった(にゃあにゃあ言っているイメージ)があったのですが、それも広島にあるのか…? 調べてみると、どうやら少なくとも〜にゃあとどえりゃあはあるとのこと。長音になるのは色々な地域で起こっているので、他の方言のイメージが強いとしてもそれが広島でないとは言えないよな、と思いました。

ためになる広島の方言辞典

 

ザ行がダ行になり、「ザブトン」が「ダブトン」になるのもどちらかというと近畿地方(和歌山、兵庫、奈良付近)のイメージでしたが、調べてみると高知県でも似たような現象があるそうです(『高知県の鼻濁音』)。ということは、広島で話されていても不思議ではないのか…?

 

サ行がハ行になるのも、色々なところに見られます。有名なところでは東西の比較で「しちや」「ひちや」問題。質屋をどう発音するか、ですが、どうやら一概に東では「ひ→し」、西では「し→ひ」とは言えないようです。江戸弁でも「東」が「シガシ」になる一方、「ししゃも」を「ひしゃも」というとか。このs音とh音の混濁は他の言語でも見られ、古代ギリシャ語のh音はサンスクリット語ラテン語の語頭のs音に対応しています(『フィールド言語学者、すごもる』)。

 

それと、広島弁で「こげえ」っていうのかな。調べた奥豊後(大分県)の方言らしく…。こがいな,こげな、は鳥取でもあるそうですが、広島の、しかも市内の方にもあるんでしょうか。

「ふてー」は一見江戸言葉(ふてえ野郎だ、的な)に見えたのですが、二重母音(アイ、エイ、アエ、オエ)の長音化は岡山県で見られるらしい…。ということは、広島でも話されてる?

「じょうに(非常に)」は、調べると同様の方言が高松であるとか。島根でも「じょーに(たくさん)」というとのことなので、まあ広島でもあって不思議はないですが。

 

「きれいかった」という言葉もありました。

「きれいなかったのお」とか「きれいなかったろう」はおじいちゃんがいうのを聞いたことがあります。「きれいなかった」は形容動詞の「きれいな」に過去形の「かった」であり、昔ある程度使われていたようです。昔の『小公子』の翻訳にも「〜かった」という言い方はあり、ある程度の市民権は得ていたものの言文一致運動の中でなくなっていった例として紹介されています(斉藤美奈子文章読本さん江』)。

「きれいかった」は形容動詞に形容詞の活用を当てはめたのかなとも考えられますが(若者言葉とされる「違かった」などもそれです)、その場合昔のテキストに方言として載っているのはどういうことなのか。ら抜き言葉が方言として昔から使われているケースもあるため(『近世後期尾張周辺方言におけるラ抜き言葉の成立』)、この「きれいかった」もそうした変化の結果なのかもしれませんが、なんともわかりません。

 

なんというか、もちろん私は広島弁をほとんど知りませんし、時代による変化はとてつもなく大きいと思います。それでも、少し違和感があったことは確かです。

あと、舞台は広島市内なんですよね。方言って、どれくらいの地域差があったんでしょうか。もちろん広範囲で話される方言があるのはわかります。広島は栄えた地域として様々な他地域との交流もあったでしょう。「あれ、これ違う気がする…?」と思って調べた方言でも、広島を囲む地域で話されていたりすることがかなりありました。

さらに、全く違う地域でも似たような方言が使われていることもあります。サ行とハ行の混同などは東北地方でも見られています。こうしたケースの場合、人の交流というよりもそこには何かの法則があるとみる方がわかりやすいのかも。

 

また、昔よく使われていた言葉が都会から地方にわたり、結果都会では言葉が変わったものの地方では残る…として、日本語の古い表現や古語が方言として地方に残っていることもあります。「きれいなかった」とかはその類なのかな。

 

多分、この分野でも色々な研究がされているんでしょう。早くもっと調べてみたいです!自分は言語学というより文学が好きなんだろうなとか考えていたら、思いもよらぬところで言語の面白さを垣間見てしまいました。

 

とりあえず、これから読むのは斎藤美奈子文章読本さん江』と柳田國男の『蝸牛考(方言周圏論についての本)』。そういえば、この前図書館で借りた『落語と言語学』という本もまだ読んでいないんだった…。

 

2. 歴史に関して

 

普通に生活しているだけなのに、知りたいことはいっぱい出てきますね。

父と暮せば』で福吉美津江が働いている図書館、今日の授業中に調べてみたところ「市立浅野図書館」がモデルでまず間違いなさそう(1948年に開いている図書館がここしか見つかりませんでした)なんですが、この図書館、美津江の家のそばにありました。

 

もともと浅野図書館では1944年末以降から、9万点ほどの蔵書の中から貴重図書や絵図などを1.7万点分散疎開させていました。そして第二次疎開のために特別図書約一万点を梱包、準備しているところで8月6日に原子爆弾の投下。建物は外郭を残し全焼、図書も全てが消失したそうです。疎開していた貴重図書は焼失を免れたものの9月に起こった水害で多数流失、もしくは損傷。

そんな中でも、被曝の翌年(1946年10月)から山陽文徳殿という建物の中で行み再開。

元々の場所で業務を行えるようになったのは1949年6月からであり、1955年の新築・移転を経て1974年に広島市立中央図書館となりました。原爆の被災から免れた貴重書籍は現在浅野文庫として保存されているようです。

浅野図書館から中央図書館へ|新着情報|広島市立図書館

 

そんな浅野図書館の場所、というか山陽文徳殿の場所は、比治山の北西に位置しています。福吉美津江の家は「比治山の東側」。かなり近いのでしょうね。

当時は尋常小学校6年(6-12歳)、高等女学校4年か5年、その後女子専門学校(女専)に3年間通います。広島女専の当時の死者数などをみると1学年〜3学年のみで、高等女学校を4年で卒業したものを対象にする予科はなかったようなので、っこでは高等女学校5年で卒業と仮定します。

美津江は1948年7月の時点で23歳なので、1924年7月〜1925年7月のどこかが誕生日。

被爆当時すでに図書館で働いている描写があるため、

  1. 1924年度誕生
  2. 高等女学校を5年で卒業(1942)
  3. 高専に入り20歳で卒業(1945年3月)
  4. 図書館で働き始めて4ヶ月で被爆

だと言えます。働き始めてちょうど第二次図書疎開の準備をしていた頃に被爆したのでしょう。

ちなみに1940年時点で高等女学校に進学できた女子は小学校卒業者の17.5%(『昭和10年台の教育について』高原幹夫)。そこから女子専門学校に通える割合はより低かったかと思います(データが見つかりませんでした…)。

そう考えると、先に妻を亡くし一人で旅館を経営し、娘を女専に入れた父親(竹蔵)ってめっちゃすごいのでは。割と社会的地位のある家庭だったのかな、と思います。そう考えると「おとったん」って、偏見ですが社会的地位がそれほど高くなかった層が使っていそうなので疑問が残りますが…。

 

美津江は1945年の4月から図書館で館員として働き始め被爆。1948年は山陽文徳殿で働いており、ちょうどあと一年後の1949年6月には浅野図書館はもとの場所に移転します。

そんな中で子どもへのお話し会があったり、原爆資料を持ってくる来館者がいたり。朝の図書館の当時の実態を知らないのでなんとも言えないのですが、原爆&水害の影響を受けたそこまで多くない蔵書数の中で、よくここまで図書館らしいことができるなと思いました。

少ないとは言いつつ、少なくとも原爆後に1.7万冊は残っていますから、水害後も1万冊は最低でも残っていたのでしょうか。ただ、疎開させられた貴重図書の中に絵本などが入っているとは思えません。それならば当時の子供への「夏休みお話し会」は、それこそ美津江が女専時代に副会長を務めていた「昔話研究会」が暗唱するからこそできることなのかも。

 

 

3. まとめ

方言のことも、当時の実態のことも、気になることはたくさん出てきます。自分のことをそこまで文系だと思ってこなかった(理系科目も好きですし)のですが、ここまで惹きつけられるとやっぱり日本語(というか言語、文学)が好きなんだろうな、と思いました。

まあ、正直ここで調べたことのほとんどはIBの試験では使えないですが、楽しいからいいかな。

 

もっともっと調べていきたいです。長野の田舎でネットと地域の図書館を使ってできることには限りがありますが、せっかく授業で使っている本ですし、自分で授業を楽しくしていきたいので!

 

ということで、思ったより長くなってしまいましたが、『父と暮せば』を読んで思ったことでした。

最後までお読みくださりありがとうございます。もっと知見を広めていきたいな〜と思った出来事でした。

最高の1日!写真で振り返る、神田→神保町→新宿末廣亭の秋休み

こんにちは。今日は、またまた本がらみの更新。

私の学校では少し前に1週間の秋休みがあったのですが、その中で一日、東京で自由気ままに過ごしてみました。その際の感想を、撮った写真とともに書いていこうと思います!

 

 

11:00 池袋

私が東京に行く際は、よく学校のある軽井沢を出て東京へ向かうバスに乗ります。

この日は11時ごろに池袋につきました!

スーツケースを入れるコインロッカーを探しに新宿へ向かい、さらに新宿から神田へ。

なかなかコインロッカーが見つからず、少し時間をとってしまいました。

 

12:00 神田

この日最初に向かったのは、神田でした。

今まで神田には行ったことがなく、どれくらい学問に関係するところがあるのかを親と話したことがきっかけとなり、初めて神田へ向かいました。

JR御茶ノ水駅から聖橋を渡り、「近代教育発祥の地」の碑を発見。昌平坂学問所があった場所にこの碑は建てられているようで、横に湯島聖堂があることを確認しながら神田明神へと向かいました。湯島聖堂はこの後向かう予定です!

 

12:30 神田明神

神田明神は、東京に住んでいたのに行った事がありませんでした。やっと今回向かう事ができ、本当に嬉しかったです!日本三大祭りの一つである神田祭もここで行われていますし、江戸総鎮守として広く信仰を集めています。

神田明神前の道から、雰囲気のあるお店が立ち並び、こういう雰囲気久しぶりだな〜とか思いながら道歩き。

 

 

境内に入る前に御手洗で手を清め、そしていよいよ御神殿へ。

 

ちなみに、境内に入る際に通る門は「隨神門」と言い、昭和天皇御即位50年(1976)の記念事業として再建されたようです。煌びやかな門を通ると、目の前に御社殿が姿を表します。現在のものは関東大震災後に再建されたようで、国登録有形文化財に指定されているとか。

ちょうど七五三の時期(ちょっと早いですが…)ということもあり、すでにのぼりなども上がっていました。

 

13:00 湯島聖堂

神田明神をぐるっと回った後は湯島聖堂へ。

湯島聖堂は、5代目将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟で、のちに幕府直轄の学問所となりました。

儒学朱子学徳川綱吉…。中学歴史の内容がつながり、面白かったです。自然に囲まれた静謐な場所。受験生がよくお参りに来るようなので、私も高校三年生として学問成就のお守りを買ってきました!

 

13:30 聖橋〜山の上ホテル

そして、聖橋を通りながら次に向かったのは山の上ホテル

聖橋の上ではちらほらと下を見下ろして写真を撮っている人が。何があるのかな、と思って見下ろしてみると、真下に駅がありました。そこを行き来する電車の写真を撮っている人が多かったため、私もそれに混ざってみました。

 

その後ニコライ堂を横目に立ち並ぶ大学群を通り過ぎ、山の上ホテルへ。

ちなみに、本当に大学が多いんですね、あそこらへん。明治大学日本大学、日本医師大学、中央大学…。学問発祥の地である意味が身に染みて実感できました。大学生の中に混じって歩いていると、こんな環境で勉強できればたのしんだろうなあという気持ちが沸々と。軽井沢の田舎だと体験できない、面白いひと時でした。

ニコライ堂は、正式名称「東京復活大聖堂」であり、日本正教会の大聖堂です。日本初めてのビザンチン様式の教会建築と言われています。

 

山の上ホテルというのは、昭和29年に開業した老舗ホテル。建物自体は戦前、昭和12年に建てられました。戦前は西洋の生活様式やマナーなどを啓発する施設、戦時中は海軍施設、そして戦後はGHQによりアメリカ陸軍夫人部隊の宿舎として使われたそうです。その後昭和29年からホテルとして営業を開始し、さまざまな文化人が利用したことで知られています。神田に出版社が密集していたことから作家の「カンヅメ」が多かったそうで、川端康成三島由紀夫池波正太郎など、多くの著名人たちが利用したとか。

私が訪れた少し後に、山の上ホテルが老朽化により全館休館になると知り、びっくり。外観は見たもののしっかりと中に入ってみたわけではなかったので、休館になる前に一回は中に入りたいなあと思いました。入れるか入れないか、ちょっと危ういところです。

 

13:30 神保町古書店街へ

今まで名前は知ってながらも訪れたことのなかった場所をどんどん訪れ、いい気分になってきたところで、この日の目玉の一つ目、神保町古書店街に入って行きました。

 

神保町、実は今までにも何回か行っているのですが、毎回あまり楽しめたという思いがなく…。自分があそこに行くと、自分の至らなさというか、足りなさを実感してしまうんですよね。

神保町は世界最大の古書店街。100軒以上の書店が立ち並び、大手から中小までの出版社、印刷所、一般書店が一体となって本の街となっています。今wikipediaを見ると、「古書店の数は130軒、180軒、少なくとも400軒と諸説ある」のだとか。大学の学部多様化に合わせて各専門書店が増加したようで、ちらっと無知な人間が見るだけでもその多様さの片鱗は見えました。

そんな場所に自分が向かうと、面白いし物珍しいし楽しいんですが、途中からどうしても自分が場違いなところにいるような気がしてしまう。そこの場所の価値を十分にわかる人間ではないような気がしてしまうんです。だからちょっと気が引けていたんですが、今回はまた気を入れ替えて、新しい気持ちで神保町に向かうことにしました。

 

そこで意識したのが、「買い手」だということを意識しながら見て回ること、そして写真を撮ることです。

どうしても見物人というか、観光客のような気分で神保町を回るから萎縮してしまう。でも、いくら古書店街だとは言ってもお店はお店。もちろん中には貴重すぎて触れないような本もたっくさんありますが、同時に100円均一だったり500円均一の売りだながあることも確かです。「買い手」としてなら、大手を振って歩けますもんね!!

そして、写真を撮ること。店内などは許可をもらって撮っていますし、街の様子も綺麗で記録に残したいなって自然に思うような場所です。

この二つを意識しながら歩いてみました。

色々な場所を歩く中で、あ、これ面白そう!と思った本が何冊か。結果的に、5冊買いました。昔家族と一緒に神保町の古本まつりに行った際に本を買った記憶はありますが、個人で買ったのは多分初かと!

 

一冊目は、三茶書房で買った『落語家の居場所 わが愛する藝人たち(矢野誠一)』。300円均一の棚にあり、敷居が低かったので勢いで買ってみました!

ブックカバーが可愛くて…。めっちゃ嬉しかったです。

 

二冊目は東京堂書店で買った『革命か反抗か -カミュサルトル論争-(佐藤朔)』。

この本、正直私めちゃくちゃ欲しかったんです。近くに自分で行ける範囲にある図書館、本屋、古本屋、全部合わせて10箇所以外は行きましたよ。それでも見つからなくて!!

学校の授業でカミュの『ペスト』をやって、すごく面白くて色々論文を読んで。この『革命か反抗か』は別にそこまでマイナーな本でもないはずなんです。なのに周りの書店でも図書館でもなくて…。田舎に住んでいることのデメリットをひしひしと感じました。

それで、東京に行く際に絶対に買おうと思って、新刊書店に顔を出した次第です。東京堂書店は神保町にある新刊書店。辞書に関しての本を読んでいた際に「辞書の東京堂」として有名になったことを知り、さらに「軍艦(知の泉)」と呼ばれている棚があることも知ったので、行ってみたいな〜と行くことを決めました。ここのブックカバーはシックな感じで、個人的にすごく好みです。このブックカバーを開いている人が電車内にいたら、どんな本なのか気になってしまうだろうな、と思いました。

 

三冊目は中川書房で買った『モナ・リザの罠(西岡文彦)』。

講談社の現代新書で、以前見たことがある本なのですがその時は機会がなく結局読まずじまい。せっかくまた見かけたのだから買ってみよう!ということで買ってみました。

 

14:30 さぼうるで昼食

そんなこんなで街を楽しく歩き、途中で昼食を食べに「さぼうる」へ。

このお店、1955年にオープンした老舗喫茶店。外観も独特なのですが、店内もどこか懐かしいレトロな雰囲気で居心地が良かったです。

このお店、カラフルなドリンクが大人気らしく7色のクリームソーダなどが用意されているのですが、私の注文したのはバジリコとアイスコーヒー。どちらもシンプルな味で、とても美味しかったです。

一人で訪れたので、ちょっと浮かないかな〜と心配していたのですが、一人客の方も結構いらっしゃって一安心。午後に行ったので並ぶこともなくおいしく食べられました。

 

15:30 神保町から新宿へ

食べ終わった後、最後に一息とまた書店巡り。

漫画を集めた書店を何軒か回ったり、Book House Cafeや文房堂など雑貨も多い店を回ったり。

そして最後にPASSAGE by ALL REVIEWSという誰でも本屋になれる本屋さんをのぞいてきました。

このお店、以前軽井沢ブックフェスティバルで登壇されていた方も関係している場所で、ぜひ行ってみたいと思っていたところでした。一つ一つの棚に「棚主」さんがいらっしゃって、その方々が自分で自由に本棚を作っているお店です。

 

chirpspring.hatenablog.com

 

passage.allreviews.jp

 

このお店では二冊購入しました!

一冊目が坂口安吾の『堕落論』、角川文庫のかわいいデザインのものを購入しました。これは、「かきがら書房の本棚」から購入。

二冊目が『「昭和天皇実録」の謎を解く(文春新書)』。こちらは「原武史の本棚」から購入。もともと興味のあるトピックで、この人の本棚からは何を買おうかとても悩みました…。行ってみたいところに行けて、とても満足!いつか私も棚主に…と思うような時間でした。

 

そして帰る前に矢口書店の前に行って、写真をパシャリ。

神保町といえばここだろう、というイメージがあったので、避けては通れません。もうちょっと居たかったのですが、後の用事もあったのでここら辺で神保町は終わり。

最初の不安はどこに行ったのか、本当に楽しい時間でした。またすぐに行きたいです!

 

16:45 新宿 末廣亭

最後の方は駆け足で神保町の駅に向かい、新宿に着いたらすぐにコンビニで夜ご飯を買って末廣亭へ!!!

 

いや〜、やっと行けました。ずっと行きたかったんですよ、寄席に。

今まではYouTubeで割と満足できていたんですが、あさま寄席で生で落語を聞いた途端に寄席に行きたい欲がどんどんどんどん高まってきて。

やっっっっと寄席に行けました。

なんと、東京から長野に引っ越した後に寄席に行ったことはなかったので、実に5年ぶりです。信じられない…。

 

chirpspring.hatenablog.com

 

ちなみに寄席とは、落語や講談などの技芸を観客に見せることを目的に建てられた、行ってしまえば見せ物小屋です。東京には5つの寄席があり(今は国立演芸場が一時閉館しているため4つ)、そこで365日昼席と夜席として、2回興行が行われています。

 

この日は他の寄席に出ていた春風亭一之輔師匠を見に行くか、それtも新宿の小痴楽師匠を見に行くか、悩みに悩んで結局新宿にしました。

 

www.suehirotei.com

 

番組(その日に出演する人のリスト)がとても面白そうで、好きな方も何人も出ていたので高まる期待とともに久しぶりに寄席へ到着。間に合ったと思ったんですが、少し遅れたそうで途中から見ることになりました。

 

 

この日の演目はこんな感じ。(敬称抜きです。間違いがあったらすみません!あと、二つ噺の名前がわかんないのがあって…もし知っている方がいましたら教えてください。)

  1. 美よし 時うどん
  2. 瞳なな マジック
  3. 伯山 三方一両損
  4. 明楽 桃太郎(新作?)
  5. 喜之助 紙切り
  6. 小笑 牛ほめ
  7. 可竜 (おときに告白するげんちゃん、櫛)
  8. 青年団 漫才(医師と葬儀屋)
  9. 円馬 代書屋
  10. 信楽 新作(面接、思考を口に出してしまう男)
  11. オキシジェン 漫才(ラジオ)
  12. 三度 つる
  13. 遊雀 粗忽長屋
  14. 小すみ 音曲
  15. 小痴楽 宿屋の仇討ち

やっぱりめちゃくちゃ楽しかったです。すでに高まっていた期待を大きく超えて来ました。別に落語について深く知っているわけでもないですが、もう落語を好きになったのが7歳くらいの頃なのですでに10年超。

すでに噺を聞いたことのある噺家さんもいれば、ずっと聞きたかった噺家さんもいれば、無学なので名前を存じ上げなかった噺家さんもいれば…。

特に面白かったのは伯山さん、明楽さん、円馬さん、三度さん、そして小痴楽さん。みなさん個々で異なった雰囲気で、「この話をこういうふうに演じるんだ!!」っていう驚きもあれば「なんか雰囲気が面白い…」っていうニヤニヤもあれば、本当に楽しかったです。

伯山さんの講談や小痴楽さんの落語はYouTubeでずっと見ていたので、やっと見れた満足感は大きかったです。

数年ぶりに、長野から、やっと寄席に来れましたよ…。

この日の一番の目的は落語。

本当に嬉しかったです。

 

多分この日は大当たりで、終わった後に「あれ、寄席ってこんなずっと面白かったっけ?」とか思っていたら、周りの人もからも「今日はめちゃくちゃ面白かったね」「顔ぶれがすごく良かったね」という声が。

いつも面白いのですが、やっぱり何か噛み合わないというか、波がある日もあるんです。この日は本当にずっと笑えて、楽しかったです。

 

 

大人になっても、落語とずっと触れていたいですし、落語に関わっていたいなって思います。

難しいことはまだわからないし、通になりたいというわけでもない。

ただ、落語で楽しめるような人生を送りたいなあって思います。

 

幸せだなって思いながら、あっという間に4時間が過ぎ。

(一応書いておくと、別に寄席ってこんなに心構えというか、思いを持っていかなければいけないところではないです!ふら〜っと仕事終わりに寄るだけで!ちょっと敷居が高いというか、入りにくい雰囲気を感じるところもあるかもしれませんが、ぜひふらっと気が向いたら行ってみてください!)

 

21:00 新宿駅に向かう

次に東京に行った時も、絶対に寄席に行こうと思いながら夜9時ごろの新宿を歩き、祖父母の家に向かいました。

 

まとめ

ということで、この日は神田→神保町→新宿末廣亭の1日。

最高でした。

秋休み前はずっと学校の課題で追われていて、秋休み後も追われることは目に見えていたので、久しぶりに自分の好きなものにずっと触れられたなって思います。

 

写真で振り返っても、やっぱりあの日の楽しさが蘇ってくるかのようです。

この高揚感をうまく表せられる言葉を知らないので、歯がゆいばかりなのですが…。

この日からまた「本」熱、「落語」熱が高まって、ずっと図書館に行ったりYouTubeで見たり…。許されるなら一ヶ月に一回は本屋さんや寄席に行きたいのですが、長野県に住んでいるとそれも難しいですね。

 

文化を大切にできるような人になりたいなってずっと思っています。

あと、考えることを大切にできるような人になりたいなとも思っています。

 

学校でも、授業中の学びからさらなる楽しみを見つけられるような人になりたいなって思います。時には関係のない話を授業中にすることもありますが、この前も日本語の授業中に「なぜキリスト教を国教にする国で死刑があるのか」という問いがカミュの『ペスト』に関して話しているときに出てきて、そこから色々な場所に話が飛び火しました。こうしたところから楽しみを見出せるようになっていたいです。

 

神保町はある程度の知識があった方が、落語は想像力があった方が、楽しめると思っています。二つとも、単なる町、単なるお笑いといえばそのままですが、ちょっと穴をのぞいてみるとその底はどこまで行っても見えません。

 

こういう場所を「よくわからない」「なんか入りにくい」で邪険にせず、十分に楽しめるようになっていたいです。このラインナップを楽しめた自分に満足しましたし、将来もこのルートを楽しみながら通れる自分でいたいですし、そうでなければ悲しいです。

 

本が好きなんだな、ということはこの頃ずっとことあるごとに感じています。

落語も、単なる趣味といえばそれまでですし、周りに「落語が好きです!」という高校生はあんまりいません。前座噺(寿限無とか)は知っている人もいますが、それ以上となると私の周りにいる落語好きは私の両親くらいです。小学2年生の時に江戸東京博物館の子供寄席で初天神を聞いてから、波はあってもずっと落語を聞いているということは、私はかなり落語が好きなんだろうなあと思います。

 

本も落語も、今はまだあまりの同志がいませんが(特に落語…)、将来長いんですから、絶対どこかで語り合える仲間ができるんじゃないかなって思います。その日を少し期待しながら、今はまだ自分の中で、どんどん自分の好きなものへの愛を深めていきたいです。

なんか、落語と本に関して話していると書き終えにくくなるというか、名残惜しくなるのですが、長くなって来たのでここら辺で。すっごく楽しい1日で、この日を記録しておきたい!!と思っていたので書いて来ました。

 

最後までお読みくださりありがとうございました。みなさんにも、ふとしたときに戻りたくなる好きなものがあるかと思います。ぜひ、一度時間をとってそうした好きなものを追い求めてみてください。多分、新しい発見、もしくは改めて感じる思いがあるでしょう。幸せな、華やいだ気持ちになることを願って。

 

 

読書の秋!10月読書本9冊紹介

 こんにちは!今日は、読書の秋ということでここ数週間で読んだ本をまとめていこうかと思います。10月に読了した本ということになるのでしょうか。10月もまだ終わっていないですが、これからあまり本も読めそうにないのでとりあえずは10月読了本としてまとめていきます!

 

 

1週間の秋休みのあったこの10月、久しぶりに学校とは全く関係のない本を読んでいました。基本は軽い本ばかりですし、読みきれなかった本もたくさんあるのですが、やっぱり本が好きだなあと実感した時間でもありました。

 

 

 

日本の脱獄王 -白鳥由栄の生涯 

この本は、以前両親が網走に行った際に事前勉強として読んでいた本。

話を聞いていれば面白そうだったので、図書館で見つけて読んでみました。

この本は、稀代の脱獄王白鳥由栄の人生を、当時を知る者の証言から描いたノンフィクションです。人生で4回脱獄しているんですが、どんな絶望的な状況でも必ず監獄から逃げ出しています。白鳥由栄用に作られた監獄からも、手枷足枷をはめられていても、必ず脱獄はできないと言われていた網走からも脱獄をしています。

しかも、単純に身体能力が高いというだけではなく、さらっと「手足の裏の皮膚を伸縮させ吸盤のように」できたり「身体中の関節を自由に外すことが」できたり、読めば読むほど人間らしさを失っていきます。しかも、脱獄している理由もなんとなく格好良くて、毎回自分に対する扱いが人間に対するものではない、などのなんらかの抗議行動として脱獄。

途中から、これは犯罪者の話なのか、英雄の話なのかわからなくなってしまいました。とは言いつつも、犯罪を犯しているからこそ20余年も収監されているというもの。5回目の刑務所人生では、やっと普通の囚人と同じように扱われたということで脱獄をすることもなく模範囚として過ごしたそうです。1935年に初めて入獄してから1961年に仮釈放されるまでの間に、街並みは大きく変わっていたのではないでしょうか。脱獄中もどんどん景色が自分の知っているものと変わっている、といった描写がありましたが、東京オリンピック間近の東京で出所した後家族と会うことなく死んでいった白鳥のことを考えると、なんとも言えない感情になります。

とりあえず、白鳥由栄のように波乱万丈の刑務所人生は絶対に送れそうにないので、罪は犯さず捕まることのないようにしようと思った本でした。

 

都会のトム&ソーヤ 18~20巻

秋休みにまず読んだのは、都会のトム&ソーヤ3巻分でした。ずっと好きだったこのシリーズ、気づいたらもう20巻まで刊行されていたということで慌てて読んでいなさそうな新しい本を3巻分借りてきました。

 

18巻は主人公2人と個性的な6人で8人チームを作り、ウォーレン・ライト(稀代のゲームクリエイター)が作った時代を超越するR・RPGをプレイする内容。どこか秋の匂いがする、懐かしさを感じる書き方にどんどん惹き込まれていきました。地味に上手い文章を書くコツなども描かれていて、読んでいて面白かったです。この人は天界の緩急をつけるのが本当に上手で、気づけば一冊終わっていました。

 

19巻は19BOXというジュークボックスから出てくる7つの物語が描かれた本。この話は、なんとなく今までとは毛色が違い、最初に読んだときは「あれ?短編よりになってきたのかな?」と違和感も感じたんですが、その違和感の正体が構成からくるものではないことに途中から気づきました。この本、かつて児童書ではなかったほどの「黒はやみね」が現れています。高校生になった今でも読むと背筋がゾワっとするような読後感。そう言えばこの人はミステリーと赤い夢に囚われた人なんだって改めて思い出しました。

 

20巻は内藤内人の同窓会。過去の物語と現在の物語が交差しながら進んでいく、また今までとは少し違ったタイプの内容でした。初めてトム&ソーヤではなく、トムvsソーヤになっており、とりあえず内人が無事に生還できるかをハラハラしながら見守っていました。20巻目という節目で、登場人物たちの人間関係が初期と比べてどれほど広がったのか、どれほど変化したのかも少しずつ見えてきて。なんとなーく今までとは毛色の違った考え方をする登場人物も現れてきたりして、面白かったです。あと、今までで一番内人のおばあちゃんの知恵が現れていたような気もします。

 

都会のトム&ソーヤ、焦って3巻分ありて読んだところ、18巻も19巻もどちらも読んだことがあり、20巻のみ初読でした。内容を知っていても知らなくても、どんどん中に惹き込まれていくのがはやみねさんの特徴な気がします。

20巻もいっていたらもう内容が繰り返しになっても良さそうなのに、毎回違った形の内容や読後感を提供してくれる、安心どころか想定を超えてくる作家さんだな、と。正直14~16巻くらいで、面白いなとは思いつつも少し話が水戸黄門的な、堂々巡りになりかけてきたかなとか失礼なことを思っていたのですが、やっぱりはやみねかおるさんの本は最高ですね。

とても好きなシリーズ、終わるまでずっと追いかけていたいです。小学高学年の時から読み始めて、今まででもう6年くらいかな。今ブログを見返したら、ブログを始めた5日目にちょうど1巻目の紹介記事を書いていました。

 

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私の年齢はどんどん登場人物の年齢を追い越していくのに、彼らの年齢は変わらないままで。それなのに、もう後数年で、近いうちにはやみねさんは「風呂敷を畳んで」いくのでしょう。なんというか、後書きなどでそうした最後を予感させるような文章を読むうちに、しょうがないとはわかっていてもやるせ無い気持ちになってしまいます。

 

ぼくらの先生!

ということではやみねかおるさんについて書いたので、この繋がりでもう一冊。2008年に刊行された『ぼくらの先生!』という本を読みました。

この本も読むのは2回目なのですが、教員を定年退職した男性が奥さんと一緒に昔のいろいろな出来事を振り返るという内容になっています。この本は児童書ですが、大人や少し子供を「子供」として捉えられる年齢になった人に読んでもらいたいな、と思います。はやみねさんの児童書によくあるエンタメ色は他の作品に冒険中なのか、一番落ち着いた、クセのない連作短編集でした。隠居生活の中で昔を振り返って思い出すキラキラとした日々、少しの後悔、そして奥さんとの日々への感謝と愛情。さまざまな感情が穏やかに過ぎていく、そんな本でした。

しかも、ちょっとミステリ色もあり、安楽椅子探偵のように奥さんがどんどん謎を解いていきます。すっごく面白いというか、この作品のスパイスになっていると思うんですが、それと同時に教員の奥さん、しかも多分専業主婦?って本当に大変だと思うんです。熱血であればあるほど家庭はほったらかしにされますし、この小説の男性は学校のことを絶対に家では話さないようにしている。それでもずっと連れ添ってきた後で発する鋭い言葉、ハッとする言葉にはいろいろな感情や気持ちが詰まっているんだろうなと思います。

あとがきを見たら10年もかけて刊行した本なのだとか。

改めて、小学生、中学生、高校生、そして大人の目線で物語を描き、全年代の読者を感動させるこの人の凄さを感じました。

 

 

琥珀のまたたき

次に読んだのは、この頃大好きな小川洋子

この人の作品を今年の夏頃に読み始め、その美しさに感動し、次はこの本と手に取ったのが『琥珀のまたたき』です。描かれているのは、外界と遮断された生活を送る三人の子供。彼ら兄弟は母親によって家に閉じ込められ、その中で自分たちの世界を作り出します。

いろいろな言葉が当てはまる本だな、と思いました。

静かで、激しくて。美しくて、目を背けたい穢らわしさもあって。悲惨で幸福で。包み込まれるように優しくて、切り裂かれるように残酷で。

その全てを一冊の中で味わうんですから、すごいエネルギーを使います。

淡々と進んでいく、一種の虐待を受けている子供達の物語。なのに優雅で幸福で優しい、不思議な空間がそこにはあります。歪な愛というか、なんというか…。読後感は清涼でもありながら、一抹の不安や緊張感、モヤモヤとした霧が見えるよう。行方不明になったオパールのその後を想像してしまいます。

 

小川洋子さんの魅力は、その美しさにあると思います。ストーリーもそうですが、使われる言葉や表現、流れが美しくて、すっと頭の中に入ってくる感じが好みです。語彙の選び方と言うか、表現の仕方というか、水のような、それでいてずっと残る抹茶のような喉越し、旨みというか。

すっと通っていくのにそこにずっと残る、そんな印象を受けます。

 

この人の文章は、なんとなく幸田文の文章と似た印象を受けました。文体も書く内容も違いますが、物語の中の世界を綺麗な言葉で表し、映像で読者に届けるその過程が似ているような気がします。

二人とも言葉の使い方、選び方が優美で。

幸田文さんの本を読んだとき、日本語の理想的な使い方はこれなのか、と思いました。これほどまでに言葉が綺麗なものだとは思わなかったので、その時の衝撃は大きかったです。小川洋子さんは、言葉は多くのものを伝えるということを実感した作家かな、と思います。どの作品でも、目に見えるものも見えないものも、小川洋子さんの言葉を通して届けられればそれを目の当たりにしているかのような感動を覚えます。これからも読んでいたいな、この人の本を綺麗と感じられる人でいたいな、と思いました。

 

 

流浪の月

私、凪良ゆうさんの『流浪の月』を未だ読んだことはなかったんです。2020年の本屋大賞本、興味はあったんですが、いつも人気本は読むのに抵抗があるという天邪鬼精神でスルーしてしまっていました。そんな時に毎回思うのは、「やっぱりもっと早く読んでおけばよかった…」ということ。

なんというか、人気になるにはそれだけの理由があるんですよね。比喩を多く使ってると思うんですが、この人の文章も小川洋子のようにサラサラと流れる、流麗な文章だな、と感じました。この人の文章は水と抹茶というよりは、ホットのレモンティーのような印象。すーっと流れていって、最後奥の方でじんわりと存在感を放つ温かい文章だったように思います。

唯一分かり合える存在、性愛でも友愛でもなく、家族愛でもないけど、そこに存在しているのは「愛」で。なのに世間はそれを加害者と被害者として捉え、「善意」で二人を引き離そうとする。

自分が周りの人であれば引き離そうとするだろうなと思いつつも、この環境であれば誰でも主人公のように「愛」を守ろうとするだろうなとも思って。ひょんなことでこの主人公と同じことになってしまってもおかしくないような、そんな背景に危うさを覚えつつ、「理解する」ってどういうことなのかと考えながら読んでいました。

 

「普通」とは違うのに、そこにあるのは居心地の良い幸せな空間で。ちょっと『琥珀のまたたき』に通じるところもある気がしますが、「普通」とか「常識」ってなんだろうって考えさせられます。だって、主人公の目線だからこそ主人公に想いを寄せてしまうけど、自分がこの社会にいれば、多分主人公を傷つける存在になってると思うんです。誘拐事件の被害者が加害者を慕っているところを見れば、それに違和感を必ず抱いていると思うんです。そしてそれが間違っているとは断言できません。

事実は真実ではない、そう主人公は言っていますが、それを実際に認識するのはそう簡単なことではないでしょう。

自分を俯瞰しながら読み進めるような小説でした。月の神秘性や太陽に隠れながら輝くその姿がピッタリと当てはまるような読後感でした。

 

 

ウルトラマン現代日本を救えるか

最後に紹介するのは、『ウルトラマン現代日本を救えるか』。

この頃、原点回帰というか、幼少期に好きだったものをまた見るようになっています。『ウルトラマン』もその一つで、時々YouTubeウルトラマンの動画を探していました。そんな時に見つけたのがこの本でした。

弟の影響で一緒に見ていただけのウルトラマン、好きではありましたが別に熱意を持って見ていたわけではないですし、そこまで知っているわけでもありません。それでも楽しめましたし、勉強にもなりました。社会学って面白いなあという感想も。

要するに、1960年代のウルトラマンは科学に対する信頼感とそれに対する一抹の揺らぎを描いた「大きな物語」。1970年代はポストモダンとして、環境破壊だったり管理社会だったりの閉塞感を描いており、1980年代は日本が経済大国としてピークを迎えた時代だからこそ何かに対抗して活躍するウルトラマンは社会に受け入れられなくなります。1990年代にはバブルも崩壊しノストラダムスの大予言もあり、日本を絶望が襲います。そんな中で大いなる闇に対して復活するウルトラマン

 

もともとは超越者として現れたウルトラマンは、その後人間が変身するヒーローとなります。現代日本で、ウルトラマンのストーリーをもとに、私たちはどのように生きていくのかを解いた本です。日本の戦後史がなんとなく勉強できると言った意味でも面白かったです。

当時の物語が世相をどのように反映しているのかを書いてはいますが、個人的にはもう少し踏み込んでいても面白かったのかな、と感じました。メディアで取り上げられる作品には、大なり小なりその社会の問題や感情が表れています。それはウルトラマンだけではなくどんな作品でも同じだと思いますが、せっかくなら放映後にどれほどの影響を持っていたのかだったり、社会からの反応だったりも知って見たかったな、と。

それでも面白かったのには間違いありませんし、同時にウルトラマンシリーズをもう少し見てみようかな、という気にもなりました!

 

 

文豪の装丁

最後に紹介するのは『文豪の装丁』という本。

この本は、NHKの「美の壷」という番組で取り上げられ、その後本となった珍しい経緯を持ちます。紹介されているのは、江戸時代から昭和にかけて出版された様々な特装本の表紙や挿絵。カラーページが多いため本の装丁もしっかり確認することができます。

読んでいるだけで、著者や職人、関わった人の愛情が読み取れる、読んでいて嬉しくなるような本でした。

 

本というものが貴重だった時代、もしくは手に取れる人たちがとても限られていた時代、今書店ではあまり見かけないような独特な装丁だったり、洒落た特別な装丁が施してある本が、どれほど人の心を掴んだんだろうと思うと心が躍ります。

 

ちょうど以前参加した軽井沢ブックフェスティバル、ここでも本の装丁に携わっている方々の話をお伺いしました。

大手出版社でも装丁が綺麗な本は多くありますが、小規模の出版社の方が紙一枚一枚にこだわって、何年も熟成させて一冊を完成させるということが顕著だそうです。軽井沢ブックフェスティバルのレポート記事に、ちょうど今の気持ちを表した言葉が載っていました。

もちろん電子書籍は便利ですし、私も使います。使っている人が多いのも当たり前のことだと思います。

でも、やっぱり本の裏には本を届けたい人がいて、その中には紙を選んで、デザインを決めて、箔を押して、もしかした手作業の作業もあって、箱を作って。そんな背景を想像すると、そうした質感を含めた、触覚を含めた状態の本を受け取りたいな、と思うのです。

これから、多分どんどん装丁に特別力を入れた本を目にする機会は、少なくとも町の書店では少なくなっていくのだと思います。その代わり大衆用の本と、特装本の二極化が進んでいくのでしょう。寂しい気持ちも少し覚えつつ、どちらも楽しめるようになりたいな、と感じました。

 

 

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まとめ

ということで、今回は読んだ本をバーっとまとめていきました。このほかにも読もうとして途中で挫折した本、もしくは図書館に返却しなければいけなかった本などが何冊かあります。

その中でも特に読み切りたかったのは『戦争は女の顔をしていない』。有名な本ですが、今まで読んだことがなく…。少しずつ読み進めていこうとしていたのですが、多分一気読みをした方がしっかり読める本だったと思います。次に図書館に行った時の狙い目はこの本です!

これ以外にも、秋休み中に調子に乗って借りてしまった本や買ってしまった本が何冊もあるので、できるだけ読破できるように…。

 

本はどうしても「娯楽」に数えられますし、確かにそれを読まなくても生きていくことはできます。でも、本を読むことを諦めたくはないなあと感じました。特にこの一年全然本を読んでいなかったので、少しでも読もうと頑張ったこの10月。読書の秋はまだ一ヶ月くらいあります。長野県はもうかなり寒くなってはいますが、紅葉を楽しみながら読書できれば嬉しいです!

 

最後までお読みくださりありがとうございました。書き始めたらなんか長くなっちゃいましたが、それだけ自分の中に溜まったものが多かったのだと思います。興味を引く本がもしありましたら、ぜひお近くの図書館や書店でお求めください!

軽井沢ブックフェスティバル2023 レポート2日目!!

 こんにちは、うぐいすです!こんな頻度(1日おき)でブログを更新したのはもう一年前以上のことではないでしょうか…。自分で自分にびっくりしています。

 

 

ブックフェスについて

今日は、軽井沢ブックフェスティバル2023の2日目が終わった感想を書いていきます!昨日はしっかり書けなかったのですが、軽井沢ブックフェスティバルというイベントが、9/23と9/24の二日間にわたって軽井沢にあるライジングフィールドという自然あふれる場所で開催されていました。主催者はひのなおみさんという「森の作文教室」を軽井沢で実施されている編集者さん。その他にもさまざまな方が集まって、このブックフェスティバルを運営しました。私と私の父親も実行委員として参加していたのですが、私はほとんど何もせず…。結局は当日まであまり実行委員らしきことをせずに過ごしてしまいました(本当にすみません!)。ですが、それでも連絡の進み方や役割分担の仕方など「大人がプロジェクトを行うとどうなるのか」を間近で見ることができ、面白かったです。

そして、当日は会場のお手伝いやカメラマンなどをして過ごしました。ほぼほぼ普通の参加者のような形ではありましたが、実行委員として参加することができて本当によかったです!

 

いらっしゃったゲストの方も本当に豪華で、さまざまな道の第一人者と言われるような方々がいらっしゃっていました。

昨日(1日目)は2つのセッションがあり、「このテーマでおすすめの本は?」を軸にした本の紹介がメインのものと、一人出版社(一人、もしくは少人数で出版社を経営している方達)の方を複数名お呼びして対談をしてもらうというもの。この感想は昨日の記事に書いているので、ぜひご確認ください!他にも焚き火×朗読×ライアー(楽器)の時間などもあり、本当に贅沢な時間でした。

 

1日目の感想記事はこちらから→

 

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振り返ってみれば、1日目は、自分が本が好きだということを確認する日だったかのように感じます。まずさまざまな本の紹介を聞きながらどんどん積読を増やしていき、その後本ができるところから人の手に届くまでの過程をぎゅっと濃縮した一人出版社の方の話を聞き、その後自然の中で人に読み聞かせしてもらいながら本を味わう。なんともはや贅沢な時間で、本が好きな人たちがここに集まっているということを実感できる日でした。

 

二日目(今日)は、そこから少し進んで、本との付き合い方を考えた日になったと思います。合計3つのセッションがあり、それとは別に3つサブセッションがあったのですが、どれも本当に面白かったです。

 

セッションの感想

 

まず、朝は座禅のセッションから始まりました。

正直、座禅は何回か授業でやったことがありますが、必要性を感じてきたかといえば「うーん…」と言葉を濁すような印象を受けています。ちょっとドキドキしていったのですが、ライジングフィールドという森に囲まれた草っぱらで芝生に足をつけながら静かな時間を過ごすというのは、ちょっとした新体験でした。部屋の中でしたメディテーションとは全く違う気持ちよさもありましたし、単純に自然の音が元々好きなので、心地よい時間でした。

この頃テストに追われていたこともあり、そういえばストレッチ全然してなかった…!!とストレッチをしたい気分にも。朝一だったからこその、心の切り替えというか、その日を始めるスイッチになったような気がします。

 

そして、その次のサブセッションは中学生が主催した「未来の本」を考えるというものその中学生も同じく実行委員で、二日間を通してかなり仲良くさせてもらったのですが、セッション自体もとても面白かったです。

まず、最初に参加者の「幼少期に読んだ心に残った本」をシェアする時間がありました。つくづく思うのですが、人の好きなものの話を聞いている時間に不快になることって、ほとんどないと思うんです。自分がそれを好きなら尚更、嬉しい気持ちや楽しい気持ちになると思います。

本好き同士が集まった場所ですから、当然誰かが発表するたびにあちこちから納得の声や同意の声が上がります。その空間がとても居心地が良くて、改めて自分が本が好きなことを実感しました。

時々、「本なんてなんで読むの?」「本が好きなんて真面目だね」のような、本があまり好きではない人たちからの声を聞いたこと、もしくは言われたことがあります。その度に、本を好きでなくてもいいから、本を貶さないで欲しいとずっと思ってました。本を尊重して欲しいと。そこにいる人たちは全員、あまり本を読まない人でも、本を軽視したり、貶めたりする人がいないんだなと思うと、なんだか無性に嬉しくなりました。

 

そのサブセッションでは、自己紹介の後「未来の本」をテーマに(時間が押していたため元々は3つだったところを)2つの質問に対して考える時間を取りました。本当はそれをシェアして話し合って…したかったのですが、そもそもの開始時刻がかなり遅くその次のセッションまであと10分と言ったような状態だったので、付箋に書いてそれを貼るだけ。

それでも、設問がとても面白く、しかも時間切れの緊張感もあったため、ぽんぽんとさまざまなアイデアが飛び出してきていて面白かったです。

質問はそれぞれ「目で楽しむ本は、どんな本?(本の定義を一回ぶち壊して考える)」だったり、「本が今全部なくなったとしたら、1000年後の本はどんな本?」などと本の限界突破というか、本という概念を改めて考え直すもの。今紙の本がどんどんデジタルに押されてきている時代、将来はどうなっていくんだろうという疑問のもとのワークショップでした。

このワークショップ本当に面白く、二つ目の質問だけでも「みんなが自分のことを書いた本」「心の声を語り合うプライベートツール」「水素とCO2でできた紙の本」などとさまざまな答えが上っていました。今度同じようなセッションを、もう少し時間をもってできるといいねという締めで終了。なんでそう考えたのか、気になる回答がたくさんあったので次回はぜひ時間が十分にある中でやりたい…!!

 

そして、時間は第三セッションに。

個人的に一番楽しかったのは第三セッションでした。ここでは、本を届ける人たちが登壇して対談を。ブックコーディネーターの内沼晋太郎さん(バリューブックスの方です)、本屋経営やNPO「読書の時間」理事長など多岐にわたる仕事をなさっている田口幹人さん、シェア型書店「ブックマンション」主催者の中西功さん、、図書館プロデューサーの岡本真さんの四人が登壇なさり、ジャーナリストの浜田敬子さんが司会。

 

本当に贅沢の言葉に尽きるセッションで、さまざまな形で私たちに本を届けてくれる人たちが過去、現在、未来の本のあり方について語るんですから、学ぶことがたくさんありました。

印象に残った話のうちの一つに、潰れる本屋の話がありました。

今までの20年は、チェーンの本屋が広がっていったことで、小さい町の本屋が潰れていった。

今は、ネットの普及によりチェーン店が潰れている。

これからの20年は、教科書がデジタルになることで、まだ残っていたけれども学校という大きな取引先を失った町の本屋が潰れていく。

本屋がなくなっている、本がどんどん手に届かなくなっていく。そんな話は色々なところで耳にしますが、ここまで単純明快にその理由を語られると、納得を通り越して感心してしまいました。

しかも、公共機関である図書館が地元書店を優遇するわけにもいかないですし、既存の書店を残そうと公共施設が本屋から本を買えば買うほど、本屋はできるだけ安く本を売らなければいけなくなる(公共施設は「安い=正義」の考えです。やっぱり税金ですし…)ため赤字になる可能性が。

聞けば聞くほどこれからってどうなるの…?みたいな暗い話から始まりましたが、そこからどんどんバリューブックスの内沼さんをはじめとして本屋を経営している方や関わっている方の話が始まっていきました。

 

ここで感想を全部書くと長くなってしまうので、詳しい感想はまた後の方で書いていきます。

 

 

お昼を挟んで第四セッション。「軽井沢 本の學校」が、3つの作品を通して本当の触れ方について語ってくださいました。聞けば聞くほど読んでみたいと思いつつ、本は表現の場だということを強く感じました。その作家さんの感じたこと、思っていること、興味のあること。それが、徹底的に言葉で表されているのが本なのだと。

その人がどういう言葉で世界を見ているのかを垣間見れるのが、本なんだなと。

最後は本の具体性と普遍性についてゲストのスケザネさん(書評か)が少し語り、そこで第四セッションは終了。

 

少し合間を挟んで第五セッションへ。

第五セッションは、装丁に関する話でした。装丁やデザインを生業にしている人たちが、どう言ったことを考えながら今本を作っているのか。

もともと、私は本は紙で読みたい派です。それは、電子書籍だと触覚フィードバックが得られなくなり内容の理解度が下がるという理由からのみではなく、本を表紙やその紙の質感なども含めて一つのものだと思っているからです。

もちろん電子書籍は便利ですし、私も使います。使っている人が多いのも当たり前のことだと思います。

でも、やっぱり本の裏には本を届けたい人がいて、その中には紙を選んで、デザインを決めて、箔を押して、もしかした手作業の作業もあって、箱を作って。そんな背景を想像すると、そうした質感を含めた、触覚を含めた状態の本を受け取りたいな、と思うのです。

 

(ただ、第四セッションで出た話の中に「電子書籍を貶める健常者は呑気なものだ」と語った重度障害者である作家さん、市川沙央さんの「障害者は読書から切り離されている、健常者のみが本を楽しめる一種の「マチズモ」」という意見がありました。こうした「本は紙で読みたい派」という言葉も、私が健常者だからこそ言える言葉なのでしょうが、そこに関してはまた今度深く考えるとして話を進めます。)

 

そんな思いがもともとあったため、今回は初めて装丁家の方や本をデザインした方のお話を聞けて面白かったです。どんな思いでやっているか、どれだけ力を入れているか、そしてどれだけ頑張っても別に入ってくるお金の量が大きく変わるわけではないというちょっと世知辛い小話も…。

 

今まで以上に、本の質感が味わえることを意識しながら、感謝しながら本に触れていきたいなと思いました。

 

 

それが最後のセッションとなり、その後は出店を見ながら本を買ったり参加者の方と話したり。大満足で終わった1日でした。

 

終えてみての感想

このブックフェスティバル、最初はちょっと不安でした。私もあまり関われていませんでしたし、そもそも参加者もそこまで多くなく。こんな豪華なゲストなのに、なんで数十人しか人がいないんだ?と首を傾げたくなるような状況での開催でした。

ですが、終えてみて思ったのは、このフェスティバルは人を選ぶな、ということ。

万人が楽しめるイベントでは全くなく、特にセッションに関してはある程度本が好きで、そっちに知識がある人なら楽しめる内容だったように思います。正直私がわかるところは少なく、本来の価値の何割ほど私は受け取れたのか、あまり高い割合のようには思えません。

 

ですが、それでも楽しくて楽しくて、本が好きだということを何回も痛感するほど、本当に学びも喜びも楽しみも多い二日間でした。

 

特に第三セッション。

昨日のブログでも書きましたが、私は小二の時の夢が「本のホテルを作る」こと。昨日絶対に実現させたいと思った夢が「本の博物館を作る」こと(詳しくは昨日の記事で!)。なんなら去年の夏頃は「本を勧めあえるコミュニティ作り」に興味がありましたし、思い返せば本が自分の人生に占める割合って本当に大きいんだな、と感じます。

 

その根底にある思いが、「本を届けられる世界にしたい」ということ。

先程もちらっと書きましたが、「本を貶さない人たちの世界」への憧れがもともと小さい時からありました。そこから考えたのが、本が身近にあれば本を貶さなくなるんじゃないかな、という単純なもの。そして長野に東京から引っ越し、手に入れられる資料の量に愕然とした後、「本が身近にある世界」への憧れがより強くなりました。

 

例えば、今授業でカミュについてやっているのですが、カミュサルトル論争について書いた『革命か反抗か』や、サルトルの思想について書いた「実存主義ヒューマニズムである」が収録された『実存主義とは何か』が、近隣の行動圏内(と言っても電車で小一時間、交通費は往復千円以上)にある図書館全てに蔵書がないんです。近くにある本屋さん数軒に行ったのですが、そこにも関連書籍すらなく。

本屋に行くのも図書館に行くのも、基本は車がないといけませんし、自分だけで行こうとすると時間もお金もかかります。そこまでニッチな本でもないですし、東京に住んでいた時は近くの図書館、もしくは本屋に行けばなんでも手に入ったのに加え、自分の読みたい範疇では都立図書館や大型書店で手に入らない本なんてほとんどなかったのにな…という、引っ越し当初からあったくすぶりをまた強く感じています。

今読みたい本が、今欲しいんです。できれば2000円かけてAmazonで買いたくないんです。それを一回許しちゃったら、際限なく買ってしまいそうな気がするから。でも、ここまで来たらもうオンラインで買うしかないのか、という気もしています。

そんな環境にいれば、どうしても「本が身近にあること」への意識が強くなります。

 

私がしたいことは、本や知識を届けることなんだと思います。

こんな本があるんだよ、こんな本屋さんがあるんだよ、こんな面白いことが世界にはいっぱいあって、人生を賭けてもそれは網羅できないんだよ。

言葉を介して本や知識を届け、その中で人と人との繋がりができていく。

それが私の今の時点でのやりたいこと。

 

そんな私にとって、まさに本を届ける仕事をしている人たちの話を聞けたのはとても大きかったです。

出版業界とはまた違う、個人や小さい集まりで本を扱う「出版界隈」の存在。「本が嫌い」に注目して作ったシステムで、自分の興味の向こう側に必ずある本を探し出すワークショップ。

心惹かれるさまざまな取り組みの中で、私が実現できるかもと思ったのが、棚貸し書店。お店の中にある棚を「棚主」が自由にデザインできて、本が置けるスペースです。シェア型本屋とも呼ばれます。このセッションでは2名の棚貸し本屋さんがいらっしゃったのですが、その中の一人が棚作りは「推し活」だということをおっしゃっていました。

 

本を進めることって、結局は推し活と同じだと思うんです。自分が好きなものを人に勧める。自分が好きなものの好きなところを人に伝える。サブセッションで自分が好きな本をみんなが紹介したのも、推し活って言えると思います。

つまり、その推し活は、受け手が嬉しく、楽しくなるものじゃないでしょうか。人が好きな本について目を輝かせて話しているときの、聞き手も感じる高揚感。あの高揚感が少しでも味わえるのが、棚貸し本屋な気がします。

 

リアルで棚を作って本屋を作るのは、今の私には少し難しいかもしれません。

でも、ステップを踏んで、いつか何かが作れればいいな。そう思っています。

まずは、軽井沢の森の中で。ゆくゆくは、もう少し大きいところで。

 

どれだけニーズがあるかわかりませんし、今の自分がちょっと舞い上がっていることも自覚しています。ブックフェスティバルの興奮のままに全てを軽く頭の中で考えていることもわかっています。

でも、本が好きで、本を通して人を知ることも好きで、何より自分が他の人の作る本棚を見たいんです。それがバーっと並んでいるところを見たいんです。

 

感情的だからこそ楽観的になれる今、夢を語れるだけ語って、それを最初は勢いで、その後は着実に、しっかりと、進めていきたいです。

 

なんというか、二日間、あっという間でした。

この頃全く本が読めていなくて、「本が好きです」というたびに「でもこの頃は全然読んでない」「本当に自分は本が好きなのか」という考えがちらっと頭をよぎるようになっていて。

でも、ここまで今回のイベントを楽しめるということは、やっぱり私は本が好きで、本から受け取る世界や知識が好きで、本を通して人と繋がることが好きなんだな、って思いました。

参加できてよかったですし、来年は高確率でこのイベントに参加できない(大学もどこかわかりませんし…)ことが残念でなりません。

ここで生まれたアイデア、縁、繋がり、好奇心を大切にして過ごしていきたいな、と思います。受験を前にしてどんどん忙しくはなっていますが、どんどんやりたいことが吹き出して、言葉にしないと治らなくて、手が震えてしまう、そんな瞬間を味わえました。本当に、参加できてよかったです。(語彙力がないのが悲しくなります。)

 

最後までお読みくださりありがとうございました。長い、乱雑な文章にはなってしまいましたが、ブックフェスティバルの感想でした。興味を持たれた方は、ぜひ来年のブックフェスティバルに参加してみてください!とても楽しくなると思います!

 

 

軽井沢ブックフェスティバル2023 レポート1日目!!

 こんにちは、うぐいすです!

今日は、参加したブックフェスティバルの感想をサラッと書いていきます!

 



9/23から24日にかけて開かれているのが、軽井沢ブックフェスティバルという本のお祭りです。私は実行委員として、このイベントに参加しています。今日は、1日目(23日)が終わった後の感想をサラッと書いていきたいと思います!

 

セッションの感想

 

今日は、二つのセッションで主に構成されていました。午後2時45分から4時15分までのセッション、そして5時から6時半までのセッションです。

一つ目のセッションは、本の案内人を5名招いて、それぞれが「こんな本が読みたい」という問いに対して即興で答えていく、本のソムリエのショート版のようなもの。みなさん著名な方ばかりで、どんどん積読本が溜まっていってしまう、そんな2時間でした。「全然小説を読んでいなくて…」と自己紹介の時に言っていた方でも、小説の話に普通に加わって「確かにあれは〜」なんて言っているところを見ると、「読書通」という平凡な言葉に収まらない、すごい知識量が裏には隠されているんだろうな、と感じました。また、色々な質問(「個性を出すこととQOLの関連性に関する本」など)がある中で、そのリクエストを噛み砕いておすすめの本を考えるまでのプロセスを読書案内人の方がた自身が解説してくださるので、案内人の方々がどういうふうに質問を捉えたのかを垣間見るのも面白かったです。

 

二つ目のセッションは、「一人出版社」の方々三人を登壇者、そしてブック・コーディネーター内沼晋太郎さんを司会者として始まりました。1人出版社を作るまでの道のりや、どのように出版までこぎつけたか、どういった本を出版したいか、未来はどうなっているか、そして、出版社を開くときの予算は…などの大きな話からちょっと生々しい話までかなり充実した内容となりました。個人的には、「一人出版社」の方々の本を意識して読むことが今まで全くなかったため、あたらしい世界に出会ったような感覚で聞いていました。本が好きだと自分でも思っていたので、まだまだ全然本に関して知らないんだなと思うと、楽しくなります。シリーズや作家で読むことはあっても、出版社で読む、編集者で読むということは今まで意識してきませんでした。これから読書の視点を変えるために、意識していきたいところです…!

 

AIがどんどん進化してきて、芸術はどこにいくのか。そう言った話を人としたことがあります。AIが描いた絵と人間が描いた絵が区別できなくなってきている今、人間の作品を価値づけるものはその作品の背後にあるストーリー性になってくる。そうした結論になりました。

出版社も、本がどんどん電子化してきて、AIが書いた作品がネット上では出てきて。そんな中で本の価値も、これからはそうしたストーリーが重視されていくのではないでしょうか。1人出版社が今増えていて、そのコミュニティができてきているのは、そのストーリーを重視する流れの一環なのかな…。そう感じました。

もちろん、それだけではないでしょうし、どんどん1人出版社の業界も変化してきているといいます。本当に無知な分野だったからこそ、受けた印象は大きかったですし、もっと詳しく知ってからこの話を聞けば、この話の価値に気づけたんだろうな、と残念でもあります。

 

どちらのセッションも合わせて、自分が無知だからこそこの価値に今気づけていないのでは、と思う瞬間が多すぎました。そういう意味でも、もちろん直接のセッションの内容からも、色々な学びを得ることができたな、と思います。

 

夜の時間

第二のセッションの後、本当は同じく実行委員の父親とともに帰る(私は寮に送ってもらう)つもりだったのですが、何やら美味しそうなご飯があるとか…。しかももう時間も遅かったので、夜ご飯をそこで食べながら、もう少し長居することにしました。

 

夜ご飯はカレーライスで、とろっとろのオムレツもつけることができます。スープもあったのですが、残念ながら私のスープには虫が入ってしまい…。

ですが、「読書推進プログラム」をサービスとして実際にいくつもの学校で提供しているNPO法人の方とお話ししながらご飯を食べることができ、どう言った活動をしているのか、何がその意図としてあるのかなどをお聞きできました。

自分も興味のある領域ですし、自分が知らないだけでいろんなことがいろいろな場所で起こっていることを実感。

 

その後は、焚き火を囲みながら残っていたメンバーで絵本の読み聞かせ。朗読をしてくださる方と、ライアーという楽器を弾いている方のコラボセッションというなんとも贅沢な時間でした。

(贅沢と言えば、夕ご飯も東京オリパラ閉会式でピアノを弾いた西川悟平さんの演奏が流れている中という、最高に贅沢な空間でした。)

 

焚き火、朗読、楽器。

このコラボレーションは、語る言葉がないほど、グッとくるものがあり、終わった後には言いようのない充実感が場に満ち溢れていました。

私が混ざった時に、ちょうど「ハルばあちゃんの手」を読み始め、その後「手から手へ」、そして「いのちの海」で終わりとなりました。絵本を読み聞かせしてもらうという経験自体、何年振りかわかりません…。それが、ライアーというより深く、余韻をもたらしてくれる楽器と合わさり、しかもそこにパチパチという炎の爆ぜる音が混ざり込み。静けさの中には微かな風の音や、あちこちで木の擦れる音がなり…。

 

もう時間もおそい(寝る直前にこのブログを描いてます)ので、思ったことを乱雑にまとめます。

 

私は、「花もて語れ」という漫画を読んでから朗読に興味がありました。YouTubeでも朗読を聞いたりしていましたが、実際に対面で聞いたことはほとんどありません。そんな中で朗読に対して持っていた印象が、「個人の解釈」だということ。本、もしくは絵本は、その文字や挿絵、そして装丁を含めた一冊の本が、作者の届けたいものです。視覚と触覚を超えたものは、全てその作者の意図とは別に、届ける人(この場合なら朗読者)の解釈が入り込んできます。

 

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もちろんその良さもありますが、作品そのものを味わうという目的なら、私は朗読を聞く-特に一つの作品で1人のみの朗読を聞く-ことをしようとは思いません。なぜなら、その人の解釈に自分が入り込んで、それ以上のもの、もしくは自分の解釈/感想を持てなくなる気がしてしまうからです。

ですが、だからこそ「この人の読み方は本当に心に入ってくる」と思う人や、「この読み方は今までの私の作品に対する感想を変えた!」という経験が生まれ、朗読を聞くことが楽しくなります。

 

その上で、今回の朗読x音楽は私にとって画期的な体験でした。

朗読は作品に対する1人の解釈の表れですが、ライアーの音色も、ライアー演奏者の解釈の表れです。その2人の作品に対する世界が広がり、交差したものが、聴き手の世界に入り込んできます。そして、その聴き手も作品に対する解釈を同時進行で作り上げており、結果的に3つの世界が生まれます。その中にところどころ火の音や自然の音が聞こえてきます。

自然の音は、作品に対する解釈とはまた違う要因です。でも、その音がより自分たちの思考を深めてくれる気がします。

うまく言葉で言い表せませんが、この感覚を父親は「物語の三重奏、四重奏」と表していました。本当にその通りだな、と思います。その物語が、いろいろな形で自分の中に入り込んできて、それが自分の中で一つになって、さらに新しい何かになる。

感覚的ですが、あの1時間があればもう十分に満足というほどの経験でした。自分が朗読を生で聴いたのがほとんど初めてに近いということもその原因なのでしょうが、楽しかったです。

 

あの空間の中で、

本をめくる音、

炎がパンっと激しくぶつかり合う音

周りの人のため息の音

どこかで焚き火のために木を折っている音

衣擦れの音

楽器を床に置く音、

表紙と裏表紙、

物語が始まる前の余白のページ、

朗読者のネイルの色

参加者の赤ちゃんの眠そうな目

上を向いた時の、曇りの夜空

揺れる炎

装丁の感触

風が指の間を通り過ぎる瞬間

本を閉じた時の指にかかる重さ

 

いろいろな要素が積み重なって、本当に素敵な時間でした。

参加できてよかったです。

 

 

帰りの車中で

そうしたことを話しながらかえる車中。

同じく運営メンバーの人と少し話したことを、父親にも共有していました。

それが、夢物語のような理想。

本の博物館をいつか作りたいです。

「バベルの図書館」という、ボルヘスの短編をテーマにしたフエギアの香水があります。他にも、図書館をテーマにした香水はいくつかあります。それは匂いを通して本を感じるという行為です。

他にも、触覚、味覚、視覚、聴覚。五感を使って本を味わい、それを自分の本に対する第六感につなげていく。

そんな場所を作りたいです。本を一人一人が味わう、本を通じて人がつながる、本の良さに改めて気づく。そんな場所があれば、夢のようだな、と。

 

小二の時の私の夢は、本のホテルを作ることでした。

6階建ての、本のホテル。本がなんでも読めて、そこに泊まれて、本が好きな人がホテルで働いていて。お姫様のような部屋もあれば、メアリーポピンズのような大人な、でも遊び心のある女性の部屋もあれば、いろいろな部屋があるホテル。

白紙にホテルの絵を描いて、家の前の通りで親に話していたことをいまだに覚えています。

 

そう考えると、私の中の好きなものは変わっていないんだな、と。

ここでは今書き表せないような、なんとも言えない大きなものを感じた1日でした。

本が好きなことを久しぶりに実感しました。

私は本が好きだし、本に助けられてきたし、本に変えられてきたと思います。それはこれからも変わらないことで、これからも変えたくないことです。

読む傾向はどんどん変わっていますし、読む時間はどんどんなくなっています。それでも、こうした、本に対する自分の夢は忘れたくないですし、できれば、できれば実現させたいです。

 

本の博物館。作りたい人がいたら、一緒に作りましょう。

西川悟平さんがおっしゃっていました。自分が言ったことは、いつか必ず実現すると。だから言葉にしていきます。本の博物館、本を届ける、知識を届ける、知が集まる場所を作る。そんなことをしていきたいです。

 

最後までお読みくださりありがとうございました。明日も二日目で朝が早いのに、遅くまで起きちゃって…。でも、今日しか書けないことがある気がしたので今日書きました。明日親の送迎までに起きれなかったら、お父さん、ごめんなさい!それでは、明日の感想はまた後日書いていきます。ブックフェスティバル、楽しんできます!

(後日写真も追加していきます!)

 

 

追記:二日目の感想!

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