うぐいすの音

16歳の女子が運営しているブログ。本のレビューなどしていきます。

一日一読はじめました!4月の読書本ふりかえり。やっぱり本が好き。

 こんにちは!お久しぶりです…。やっぱり記事の投稿はなんとなく後回しになっちゃうので、もっと日々思ってることとか書いて行けたらな〜と思っています。

 

 今、私の学校はコロナのせいでかなりずっと隔離状態です。4月の間はかなり長い隔離があり自宅に戻っていて、帰ってきたらまた隔離が数日前に始まって…。ちょっと悲しいです。後1ヶ月でISAKのこの学年も終わるのに…。でも、この状況でもIBの成績を決める試験(ちょうど今真っ最中!)に望んでいる先輩方には尊敬しかありません!

 

 それでは、今回は今月読んだいくつかの本を紹介していきたいと思います。

実は、今月の第3週から、読書ノートをつけるようになりました。隔離の期間を楽しく過ごすため、自分で意識して本を読むようになったからです。

ということで、4月の下半月で読んだ本は15冊。ちょうど4/16から始めて、一日一冊読んで来ました。その中で、自分なりに何冊か紹介していきたいと思います。ジャンルごとに一冊紹介できれば…と思っているのですが、もしかしたらどこかで決められず被ってしまうかもしれません(笑)

また、ここにあげた本もあげなかった本も、詳しくまたどこかで感想の記事を書くかもです!

 

目次

 

岩波少年文庫から、日常を描いた戦争のお話。

小説はいくつか読みましたが、その中でも一番好きだったのはハンス・ペーター・リヒターの『あのころはフリードリヒがいた』

 

 

舞台は、第二次世界大戦ごろのドイツです。

そして、著者は1925年にドイツで生まれた、小説家兼社会学者。

この基本情報と、題名から、やりきれなさがよくわかると思います。題材は、ユダヤ人への迫害。

 

この本を読んだ後の、私のノートに書いた感想はこちらです。

 

本当にめまぐるしく、だけどじわじわと、何かが迫ってくる感じがある。

正直結末はある程度予想していたけど、思ったよりも呆気なく気づいたら終わっていた。

シュナイダーのおばさんもフリードリヒも、命は本当に呆気なく、すぐに消えてしまう。あの少しずつ確実に飲み込まれてる空気の中で、できることはあったのかな。なかったのかな。

 

読みたくないし、目を背けたいけど、

ページをめくることをやめられない。それでも読んでいて辛くなる本。

 

書いた通りです。

書いている題材は、ユダヤ人への迫害。それ自体は私たちにとっては非日常のものです。戦争なんだから、当たり前ですが。

でも、彼らにとってはそれが日常で、しかも気づかないうちに蛇に首を絞められているよう。だって、気づかないままユダヤ人迫害に加担したりしてしまうんですから。

 

長野県の新聞で、一時期「御嶽海」という大関が猛プッシュされていて、連日連日御嶽海のオンパレードでした。それこそ、どこかで売ったらファンに買ってもらえるのでは、というくらいに。

私の両親も、毎日新聞を読んでいるのでふとした時に御嶽海の勝敗が気になってスマホで調べたり。ここまで相撲の話題が出てくるのは我が家では初めてのこと。

 

別にそれをどうこういうつもりは本当にないのですが、それをみて、メディアの影響ってすごいな、と思いました。日常をそのまま過ごしているはずが、気づいたら少しずつ何かに染まってきている。

その染まっているものに登場人物たちは気づかないでいるけど、私たち読み手は第三者だからなんとなく違和感がこびりつきます。

そうして、次第に人がどんどん消えていって、あっけないラストが来る。

 

淡々と、ただ淡々と、何かがうねっておかしくなっていく。でも、私がそこにいたとして、何か手が打てたのでしょうか。一人だけ波に逆らい、それはおかしいと叫べたんでしょうか。そもそも、それがおかしいと気づけたのでしょうか。

正直、私の中にある答えは、、、。自分で書いていても恥ずかしいので、名言はしませんが。

でも、もし次フリードリヒが私の周りで生まれたら、何ができるのか。それは考えていかなければいけないことかな、と思っています。続編もあるらしいので(三部作だそうです)、読んでいきたいです!

 

ちなみに、アンネに関する本も二冊4月には読んだので、それらの感想も違う記事で書いていきたいです。読んだのは、

『アンネフランクに会いに行く』(谷口長世 -岩波ジュニア新書)

『アンネナプキンの社会史』(小野清美)

の二冊です。かなり面白かった本なので、記事を書くのが楽しみです!

 

 

岩波ジュニア新書より。この本に出会えて、本当によかった!!!

さて、お次は、岩波ジュニア新書よりどハマりした本を一冊。

『漢字ハカセ、研究者になる』。国字研究の第一人者である、笹原宏之さんの書いた新書です。

 

 

今年の3月発売ですが、この本は本当に読めてよかったと思っています。

とにかく、めちゃくちゃいい本です。漢字への愛がこれでもかというくらいに伝わってきます。

「好き」を原動力にできるのって、本当に強いですよね。この頃何回も思いますが、「好き」って限りなく大切で、影響力の強い気持ちだと思います。

 

まず、文章が好きです。ノンストップで読めて、すっと頭の中で情景が浮かんでくる。

これは新書のはずなのに、素晴らしい小説を読んだ時のように、噛み砕く時に何も障壁がありません。

181ページ、東日本大震災の際の気持ちを書き記した場所は、とにかく良いです。

初めて新書で涙が出そうになりました。本当に、うるっときたんです。

少しのいつもとの差異で、命が助かった人もいれば、その逆もいる。それが、身にしみた部分でもありました。

 

なんというか、うまく説明ができないけど、多分文章が私の好みなんだと思います。優しく入ってくる文章で、でもどこか硬いところもあって、大事なことを思い出させてくれる。「好き」の究極系を垣間見た気分ですし、忘れちゃいけないことを思い出せる本な気もする。

もっといろんなことを知りたいし、好きなものを見つけたい。

そんな気持ちが溢れ出てきます。

 

あと、ちょっと笑えるのが、謙虚なファインマンさんっぽさ。

『ご冗談でしょう、ファインマンさん』という本のレビューを書いたことがありますが、このファインマンさん、サラッとノーベル賞を取った物理学者なのに、芸術で個展を開いたり、初めて弾いた楽器でサンフランシスコの楽器団に誘われたりしています。いわゆる、ムカつくほどの天才なんですよね。

 

chirpspring.hatenablog.com

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この笹原さんがそうかは分かりませんが、この人にもさらっと「いや、それはできないって…」みたいな行動があったりしちゃう。

読んでいて、面白いと同時にちょっと打ちのめされちゃうみたいな部分もありました。優しい、腰が低い文章なのに、無意識に他人をぶちのめしちゃうようなところも大好きです!

(個人の感想ということを忘れないでください。)

 

何回も言いますが、この本は本当に読めてよかったです。初めてファンレターを送りたいと思いました。(今書いてる途中なので、送ったら追記します。でも、学校中が隔離のせいで郵便ポストにいけない…泣)

新書の中では、一番と言っていいほど好きな本です。出会えてよかった!

 

 

やっと読めた、待望のエッセイ:読書と教育について

次に紹介するのは、ダニエル・ペナックによる『ペナック先生の愉快な愉快な読書法 -読者の権利10箇条』。

 

 

この本、実は3月ごろに会った方にすごくお勧めされていて、絶対に読んでやる!!と思っていた本です。親に頼んで買ってもらい、ネットで届いたものを読みました。内容は、作家でもあり、先生もしていたダニエル・ペナックが自分の国語の授業の内容などを含めた思っていることをつらつらと語っていくエッセイ。

 

私はこの頃学校図書館と、読書教育に興味があります。そう言った身からすると、このエッセイは色々な意味で面白かったです。

読書するとはどういうことか、読書を自らするということはどういうことか。

そう言ったことがペナック先生の視点で描かれていて、賛成するところもあれば、首を傾げたところもありました。

一番記憶に残っているのは、「朗読」についての記述です。

私は朗読がかなり好きなのですが、この頃は朗読をする機会も全くありません。もちろん機会を与えられてやるものではなくても、朗読をするのも聞くのも、寮生活だとちょっと恥ずかしいというか…限界があります。でも、本の中で説かれていた「本を読めという命令ではなく、本を朗読している先生の時間を共有する」というコンセプトはかなり納得しましたし、賛成できました。

 

そして、この本の醍醐味はやっぱり副題にもなっている「読者の権利10箇条」だと思います。

  1. 読まない権利
  2. 飛ばし読みする権利
  3. 読み終えない権利
  4. 読み直す権利
  5. なんでも読む権利
  6. 本の世界に染まる権利
  7. どこで読んでもいい権利
  8. 拾い読みする権利
  9. 声に出して読む権利
  10. 読んだことを黙っておく権利

これらの権利は、本を読む人にとっても読まない人にとっても大切なものです。

私は、この権利を知ってから本を読むことを自分でより決められるようになりました。義務感から本を読むのではなく、数ある選択肢の中から自分で本を読むようになったんです。

重要だな、と思います。当たり前のことかもしれないけど、こうして文字にして意識の片隅に置いていくと読書が気楽になるかもしれません。

 

正直、待ち望んでいた割には、この本の良さを全て理解できたという気は全くしません。まだ一回しか読んでいないんです。

親に「自分たちも読みたいから寮には持っていくな」と言われたので、残念ながらあまり読み返していない…。(もちろん不平不満はありません。ええ、ないです。)

でも、100回読んで、ペナック先生の考えをしっかり理解できたら、もっと本を読むことが楽しめると思います。

本を愛す人になりたいです。なれたらいいな。

 

最後に、この本から学んだことを一つ。

「読む」は「読みなさい」には耐えられない。

 

 

これは秀逸!!インテリには読んでもらいたい本。

最後に紹介するのは、分類が難しいんですが、実用書…??雑学本なのかな??

堀本見の『教養(インテリ)悪口本』です。この本、その名の通り教養のあるインテリ向けの悪口が書き連ねられている本。

 

 

と言っても変なものではなく(いや、あるのか?)、ちょっとした悪口を綺麗に(教養を使って)言おうという本です。家族が何回か話題に出していて、自分だけ「青鯖が空に浮かんだような顔」が通じないのが悔しかったので、読んでみました。

 

かなり面白いし、紹介されているエピソードがいちいち秀逸なので是非読んでもらいたいです。雑学本のようなものかな。

ただ一つ注意したいのが、この本、基本的に悪口として使用する場面に限っているため、話半分で読まないと少し消耗するかもしれません。まあ、ずっと悪口見ていたい人なんてあんまりいませんよね…。

 

うわ、これ自分やん、と思ったのが、

ボキャブラリーをスタックで管理している」という悪口。

対象は、「最近憶えた言葉ばっかり出てきちゃう人」です。これに関する解説がこちら。

「一番最後に積んだものを一番最初に処理する」のが、スタックの本懐である。

ボキャブラリーをスタックで管理してるのかよ」は「最近憶えた言葉ばかり使いやがって!」のみならず、「お前のボキャブラリー貧弱すぎん?」というメッセージも同時に伝えられるのである。実に重厚で、深みのあるインテリ悪口であると言えるだろう。

 

まあ、、しょうがないですよ!だって、新しく覚えた言葉なんて使わないと覚えらんないんですから。

こんな感じで、インテリ悪口が何個も載っています。実際に家で使われたのは、

「青鯖が空に浮かんだような顔」

「ヘロストラトスの名声」

鹿鳴館精神」

などなどでした。意味がわからない…という方は、是非本書を読んで使い道を想像してみてください。ちなみに、「青鯖が空に浮かんだような顔」は、中原中也が酔って太宰治に言った悪口です。

…太宰ぃぃぃ。なに言われちゃってるんですか、言い返してくださいよ!

みたいな気持ちになるのは私が太宰作品が大好きだからなのでしょうか…。それにしても、咄嗟にこれが出る中也はさすがですよね。もう青鯖が太宰の写真を見るたびに思い出されます。

 

職場編から恋愛編、飲み会編、娯楽編など、計六つの章に分かれてインテリ悪口が提唱されています。ぽろっと、「こんな悪口を機転をきかせて思いつけるようになりたい」と言ったら、親に「ここに書かれてることをそのまま言うのっていかにも教養のない人じゃない?」って言われたので、実用書ではなく雑学本として読むことを強くお勧めします!!

 

 

まとめ!

と言うことで、以上4月下半月に読んだ本からおすすめの本を数冊選んできました。名前だけ出した本などもあるので、もう少しブクレポを描いていこうと思っています。世界中の本を読んでみたいけど、それは無理なのでまずは自分の興味のある本をどんどん読んでいきます!

おすすめの本等ありましたら、是非教えてください!正直、隔離が続いてもう飽き飽きしているので…(笑)

それでは、数枚この頃撮った春の写真を載せて、お開きとしたいと思います!

みなさんはGWの途中でしょうか。ISAKでは祝日がないので、私はオンライン授業を受けていますが、みなさんがのんびりと過ごせているといいな〜と思っています。

 

 

(友達とキャンパスの周りを散歩した際に撮りました。ちょうど夕暮れ時で、色々な雰囲気の桜がみられたかな、と思います。)

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。気になる本はあったでしょうか。自信を持っておすすめできる本ばかりなので、手に取ってくださると嬉しいです。次の記事も読んでくださるとありがたいです!

心をほぐす随筆のアンソロジー:『コーヒーと随筆』

こんにちは!今日もお疲れ様です!

更新頻度上げていきます!…って言っても、なかなかすぐには上がらないですね(笑)

 

 

今日は、そんな日々の中で読んだぜひおすすめしたい本を紹介していきます!

読んだ本は、『コーヒーと随筆』庄野雄治編。

この本、久しぶりにめちゃくちゃハマって、親にもすごい勢いで進めた本でした。

 

 

どれくらい「久しぶりにめちゃくちゃ」かというと、記憶を辿っても一冊を親に激推ししたのって、小6のマイケル・モーパーゴ『月にハミング』以来なんですよね。

 

chirpspring.hatenablog.com

 

その際は「死ぬ前に読まなきゃ後悔する」と言って親に読ませました。

 

この『コーヒーと随筆』も、死ぬ前に…とまでは言いませんでしたが、やはりすごく面白かった本です。

今回は、この随筆アンソロジーについて記事を書いていきます!

 

 

まず、この本の概要について。

庄野雄治さんが編集した、近代の随筆を集めたアンソロジーになっています。

いわゆる超有名な文豪たちのエッセイが集まっていて、意外な一面もあったり、思わず笑っちゃうところもあったり…。

 

この庄野雄治さん、編者紹介のところを見ると、かなり意外な経歴が載っていました。

1969年徳島県生まれ。大学卒業後、旅行会社に勤務。

2004年に焙煎機を購入し、コーヒーの焙煎を始める。

ここまではいいんです。

今の職業は、

2014年同じく徳島市内に「14g」を開店。

コーヒーロースター。

だそうで。

前書きでも、確かに「コーヒー屋」と名乗っています。

 

選ばれている随筆、その流れ、色々な点から、作家さんでなくても文学に関係するお仕事をやられているのかな、と思っていたらまさかのコーヒーロースターさんでした。

だから、『コーヒーと』なんだ…納得です。

(前書きの内容を途中から忘れていました、、、ごめんなさい。)

 

そんなコーヒーの専門家の方が選んだアンソロジー、『コーヒーと随筆』。

中身は、錚々たる文豪たちによる随筆の宝庫。

まさに序文の通り、

繰り返し読める随筆集

となっています。

 

以下が、収録されている作品の一部。

 

著者陣を見た時、「こんなに豪華なんだ!」って思いました。

普段は少し敷居が高くて、ちょっと躊躇うような「文豪」の人たちの作品も、この本を読んでからだと少し印象が変わるかもしれません。

100年近く前に書かれた作品も多くあります。

それでも、その面白さが全く損なわれないのは、この随筆アンソロジーの並べ方もあるのでしょう。

 

読んでいくうちに今までの硬いイメージと異なった文章に触れていき、「あれ?」となる。

 

そして、少しずつそれぞれの随筆の中に共通点が出ていきます。

読み終わった時の感覚は、もうたまらないです。

 

まず、一番最初の「畜犬談」インパクトたるや、素晴らしいものがありました。

太宰治のイメージって、基本的には走れメロス」「人間失格などがあると思います。かなり暗いというか、ちょっと特徴的な作風が知られているのかも。

この「畜犬談」は、太宰のキャラクターが好きになる作品だと思います。

いつもの暗い、苦しくなるような作品とは違い、ユーモアに溢れた、つい笑っちゃうような作品。

「畜犬談」を読むと、太宰のイメージは一変すると思います。

卑屈さも備えつつ、弱々しさと優しさも少しずつ出しつつ、最終的にはどうしても本音を捨てられない。

「可愛い」「ツンデレ」なんて言葉は太宰にはあまり使われませんが、この話にはそう言った要素もあるかもしれません。ユーモアに溢れる作品です。

 

ちなみに私は太宰の作品が大好きなので、以下の記事も興味があれば読んでみてください!

chirpspring.hatenablog.com

 

この作品で、一気に惹きつけられて読み進めていくと、北大路魯山人から織田作之助から、それまでのちょっと硬いイメージのあった人たちが日常を書き進めている随筆が並んでいきます。

 

特に芥川龍之介の「ピアノ」は秀逸でした。

芥川の文章を、私も読んでみたことはあるのですが、正直あまり好きにはなれなかったんです。

でも、この随筆はスッと入ってきて、読んでいて表現が心地よいとまで思いました。

また、震災の記憶が(私は実際には体験していないのにも関わらず)蘇ってきたような気がして、空恐ろしくなった作品でもあります。

クラシックを聴きながら読んでみたいな、という作品でした。

 

そして、一番最後に収録されているのは坂口安吾の「不良少年とキリスト」

この作品は、太宰の死についての作品です。

太宰が死んだことに対して感じたこと、太宰という人間に関しての分析、そして太宰のフツカヨイについて。

太宰へのイメージの変化で始まったこの『コーヒーと随筆』は、太宰の死への文章で終わります。

太宰と坂口安吾の仲が少しですが窺い知れる作品だと感じました。

すごい軽い感想に見えますが、太宰に死んでもらいたくなかったんだろうな、と。

 

ちなみに、この本は「文豪ストレイドッグス」が好きな方には特におすすめです。

『不良少年とキリスト』では、太宰、織田作、安吾が出てきますし、他にも何作もキャラクターとして文ストに出てきている人の作品が収録されていますし。

 

とにかく、この本は久しぶりにここまで惹き込まれる本にあった…というレベルで面白かったです。

随筆の縛りの中だと、一気に一番好きな本になったかも

ぜひ読んでみてください。

 

この編者さん、『コーヒーと小説』という本も出版しているそうです。これは、小説のアンソロジー。こちらもコーヒーが合う作品としてとても面白いのだとか…。

見つけ次第読んでみたいです!

残念ながら、『コーヒーと随筆』はコーヒーとともに楽しめなかったので、『小説』はコーヒーも一緒に楽しんでいきたい!

 

 

ということで、『コーヒーと随筆』の感想を書いてきました。

異彩を放つ作品群の並べ方、まとめ方からも、この本の素晴らしさ、編者の方の素晴らしさがわかるかと思います。

序文、結文も必読ものです。ぜひ、この傑作を読んでみていただけると嬉しいです。

 

新しいものは古くなるが、いいものは古くならない。この本に掲載されている随筆は全て半世紀以上前、中には百年以上前に書かれたものもある。これらの作品が、それを証明している。

(序文より)

 

どんどん移り変わっていくこの時代の中で、変わらないコーヒーの味と変わらない随筆の良さを味わっていただければな、と思います。

読めてよかったですし、この編者の方に心からの感謝を伝えたいです。

この方のホームページにも綺麗な文章がたくさん並んでいます!

www.travelers-company.com

 

最後までお読みくださりありがとうございました。この本が読めたことが本当に嬉しかったです!次からのシリーズ本も読んでいきたいです。

歴史を知る:なんで歴史は楽しいんだろう

 こんにちは!お久しぶりです、うぐいすです。

この頃書こうとしても何を書けばいいのかわからなくなってしまい、全く更新できていませんでした…。今回の記事も着地点が見えないまま書き出していますが、自分のために書いているものでもあるのでご容赦ください!

 

目次

 

はじめに

みなさん、『NHKオンデマンド』をご存知ですか?

NHKオンデマンドとは、NHKが放送した番組の一部をネット上で配信しているサービスのことです。

この頃学校でもコロナウイルスの影響が大きく、隔離の後にまた隔離、といった状況が続いています。つまらない時間をできるだけ減らすためにも、親に頼んで見せてもらっているのがこのサービスです。

 

www.nhk-ondemand.jp

 

私は、このサービスでいつも『プロフェッショナル』というシリーズや、歴史関係の番組を覗いています。料理関係の番組などもこの頃よく見ており、自炊してみたい気持ちと面倒くさい気持ちが半々…。

そして、今は上皇陛下の誕生から天皇退位までに関するドキュメンタリーを70分×4本みているところです。

感じたことがあったので、書いていきたいと思います。

 

今回この記事で書いていきたいのは、私にとっての『歴史』です。

 

歴史を学ぶことは、私にとって大きな意味のあることです。

小学校の学校図書館で一番初めに借りたのは、エリザベス女王1世の学習漫画でした。その頃から、歴史を学ぶことは好きでしたし、私自身に知識はそこまでないものの好きな授業の中に歴史は必ず入っていました。

この頃、そう言った自分の持っている知識や考えたことを通して「歴史」を学習すると、不思議な気持ちになることがあります。

 

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歴史を知る

歴史は、個人個人のなかにある。

これからいうことは、至極当然のことなのでしょう。

でも、歴史を学習するとき、特になんらかのビデオを見たり本を読んでいる時によく思うことがあります。

 

「ここの動画にいる人と、私は違う考えを持っている」

 

本当に、当たり前のことだと思うんです。

でも、例えば今の上皇陛下が天皇に即位された直後に沖縄を訪問した際の動画を見たとき。

 

沖縄県民を含む国民とともに 戦争のために亡くなった 

多くの人々の死を無にすることなく 

常に 自国と世界の歴史を理解し 平和を念願し続けていきたいものと思います」

 

そう言ったセリフをおっしゃっていました。

 

この時が、即位後4年経った1993年

結局沖縄に行けなかったことを嘆きつつも昭和天皇崩御したのが1989年

昭和天皇が沖縄に行くことを希望していたにも関わらず、病気で叶わなかったのが1987年。(下記wikipedia参照)

上皇陛下が立太子後初めて沖縄に訪れ、火炎瓶を投げつけられたのが1975年

沖縄独立が1972年

終戦1945年。

 

その後、病臥した1987年(昭和62年)秋に第42回国民体育大会(沖縄海邦国体)への臨席が予定されていたが、自ら訪沖することが不可能と判明したため皇太子明仁親王夫妻を名代として派遣し、「おことば」を伝えた。これに関して「思はざる 病となりぬ 沖縄を たづねて果さむ つとめありしを 」との御製が伝わり、深い悔恨の念が思われる。代理として訪沖した明仁親王は沖縄入りし代表者と会見した際、「確かにお預かりして詣りました」と手にした父帝の「おことば」をおし頂き、真摯にこれを代読した。

その死の床にあっても、「もう、ダメか」と自身の病状よりも沖縄巡幸を行えなかったことを嘆いていたという[112]

(Wikipediaより -昭和天皇 - Wikipedia)

 

今、今上天皇が上記の言葉を発したとしても、それは「2022年におっしゃられた言葉」です。

でも、その言葉と「1993年におっしゃられた言葉」は、一言一句違わなかったとしても、持つ意味が変わってくるはずです。

 

今上天皇は戦争を体験していませんが、上皇は戦争のない時代を終戦まで知りませんでした。そして特に、今は戦後80年近く経っており、当時の記憶が明確に思い出せる人も少なくなってきています。

しかし、当時は実際に沖縄で辛い思いをしてきた人や、日本全体でも戦争の記憶を色濃く受け継いでいる人が多くいたでしょう。

そう言った中で発せられた言葉の重みは、私が感じる言葉の重みとはまた違うはず。

 

同じ言葉でも、私が受け取る印象と他の人(当時の人)が受け取る印象は違います。

それは、歴史を知っていく中で、嬉しい点でもあり少し寂しい点でもあります。

 

私は割と昭和期の歴史に興味を持つことが多く、戦争に関する勉強や、テロ事件に関する勉強、さらには昭和天皇崩御時の社会の動きを調べたりすることがあるのですが、自分の受け取り方とはやはり違う点が多々あるんですよね。

 

 

www.youtube.com

(1993年の動画ではありませんが、ご参考までに!)

 

 

垣間見ていく、一人一人の歴史

 

昭和天皇崩御時に、17歳の少年が天皇陛下万歳と指に記して飛び降り自殺をした。

そう言った文章を読んだことがあります。

(今もう一回調べたらはっきりとした情報源が見つからなかったため、断言はできませんが。)

私は、その事実を起こった事実として受け入れることはできても、共感することはできません。天皇崩御による気持ちを推測することはできても、「そういう気持ちになるよね」と理解はできません。

 

上の例のように、その時代に発された言葉や行動、出来事を受け止めることはできても、そこから派生する感情を全て理解することはできません。

その出来事をなんらかの形で後世に残している人の気持ちだけを、垣間見れます。

 

全ての人の気持ちを知ることができない…

歴史を勉強している時に、残念な点でもあれば、だからこその面白い点でもあります。

私にとっての「醍醐味」というのかも。

 

一つの事実を知ったとしても、そこから調べられる人々の気持ちで、その事実の印象は少しずつ変わっていきます。

そして、その事実は決して独立したものではなく、それまでの流れからなる結果のうちの一つです。

 

例えば、先ほどあげた沖縄訪問時の上皇陛下のお言葉。

その言葉のみを知るのではなく、

 

何年の訪問だったのか、それまでに沖縄を天皇が訪問されたことはあったのか、

言葉の対象は何を経験してきた人々だったのか、その言葉の持つ意味とは何なのか、

 

そう言った言葉の裏の背景や、言葉の先にある感情を予測して初めて、

「知った」ということになると私は思っています。

 

先ほども書いた通り、言葉や事実の先にある感情は人それぞれです。

だからこそ、勉強すれば勉強するだけ、知識を得れば知識を得るだけ、色々な「歴史」を知っていくでしょう。

人の数だけ「歴史」はあると思うし、その中でも自ら歴史を残せる立場にあった人が、今一般に取り上げられているはず。

それでも、少し気になったことを探っていけば、探った分の新しい「歴史」が見えてきます。それは17歳でも天皇後追い自殺をするような思いもよらないものであったり、逆にそれまで持っていた印象を強化するようなものだったりもします。

 

そうやって新しい「歴史」を知ることが、本当に楽しいんです!

もちろん、戦争関連について調べたりしていると直視できない映像を見ることもよくありますし、難しくてよくわからなくなることも多々あります。

でも、結果的に何かを学んだ時がとても楽しい。だからやめられないし、「歴史」をもっと知りたくなる。

 

一人一人にとっての「歴史」は限りなくあって、それを知りたいと思った分だけ知ること。

やっぱり、それが歴史を学ぶことの醍醐味なのかな〜と思います。

 

 

結局やっているのは「人の意見を知る」こと

 

もちろん歴史の醍醐味は他にも多くありますし、歴史が好きな方ばかりではないでしょう。

でも、時代が違うだけで、色々な人の意見や思いを知ることってやっぱり重要だし、貴重な体験。

 

別に「歴史」って、20世紀以前でなければいけないわけではありません。

何かが時間の流れとともに移り変わっているなら、それはもう「歴史」となっていきます。

それこそ、今起こっているウクライナへの軍事侵攻。新型コロナウイルスの流行。数年後には教科書に載るでしょう。

そこまで大きいことではなくても、例えば2022年4月からの「都立高校のブラック校則撤廃」は、校則の歴史の一番新しいページとなるはず。

www3.nhk.or.jp

 

今起こっている事柄に関して、多方面からの意見を知る。

これもまた、「歴史を知る」ということだと思います。

 

この記事を書いて、結局言いたいことは「色々な意見を知る」こと

 

歴史の楽しみ方は無限大です。

事実を調べてそこから自分で想像しても楽しいし、人々の反応を調べて行くのも楽しいし、ただ年号を暗記するだけでも私は楽しいです!

今の学校ではあまり歴史を勉強する機会がないのですが、自分でまた歴史を学んでいきたいです!

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最後に

ということで、久しぶりにブログを書いてきました。文字数は今までより少ないですが、言いたいことが伝われば嬉しいです。

過去にあったことを知ることって、過去に生きた人たちの生き方を垣間見ることで、今の私たちにつながる何かを感じることで、これからの何かを想像することだと思います。

 

歴史はただの暗記科目という印象を持つ人も多いかもしれませんが、一回テストや受験から離れてもう一回歴史に触れてみると、少し変わるのかも。

 

この前、もう一回東京国立博物館に行ってきました。

そして、今はNHKオンデマンドで平成天皇のドキュメンタリーや、『映像の世紀』という番組を見ています。

歴史を「見る」経験をこの頃していると思うので、今度短い記事になるとは思いますが、歴史を見ることについても書いてみたいなと思っています!

 

最後までお読みくださりありがとうございました。うーん、ブログってどうやって書いてたっけ…と考えながら書いてみましたが、これからまたやる気を出して書いていく…ように頑張ります!次の記事も読んでくださると嬉しいです!

東京博物館②:展示品が豪華すぎました

こんにちは。課題が一個終わって、ほっとした気持ちで過ごしています…!

 

今日は、前回出した東博の感想の続きを書いていこうと思います。

展示品一つ一つに注目して、少しネタバレ的な内容にもなっています。

写真等もバンバン出るので、楽しみにしておきたい方はぜひ残りはとっておいて東博観覧予約をしてみてください!

 

chirpspring.hatenablog.com

 

前回の記事でも書いた通り、東博は本当に大きいです。

その中でじっくりみれたのも、一部だけ。ここから紹介することだけが東博の魅力ではありません。

それを頭の隅っこに留めてもらって、東博の凄さをより実感してくれると嬉しいです!

 

まず一番最初にすごいと思った展示作品は、やっぱり仏像です。

私が一番最初に入った展示室11番は、そう言った仏像が多く入っている展示室でした。その上で、やっぱり照明が綺麗なんですよね。

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仏像と一言に言っても、色々なサイズのものがあります。でも、飾られていたのはそれこそ国宝、重文のとても大きいもの。

弥勒菩薩だったり不動明王だったり(すみません、記憶で書いてるので違うかもしれないです)が多く並んでいて、「この仏像は平安時代の目の形の特徴がこういうふうに出ています」と言ったような特徴が載ってある説明文も。

 

みていて、圧倒的な迫力に押される時もあれば、綺麗な目の形に感嘆する時もあり。みていて本当にあきません。できれば、全てを目に焼き付けて帰りたかったんですが、そこまでの記憶力の持ち主ではないため、ちょっとそれは難しかったです。残念…。

 

 

あと、先ほどもちらっと言いましたが、照明が綺麗

色が少しずつ違ってるんですよね。保存のためかわかりませんが、色がオレンジがかっていたり、少し暗かったり、場所によって違いました。

横から見るとちょうど彫刻に後光がさしたようになっていて、色々な角度から楽しめます。それも綺麗に写真に撮りたかったんだけど、ちょっとうまくいきませんでした…。

 

そして展示室11を過ぎると、さまざまな模様の入った蒔絵箱や、昔使われた大判小判、刀やかんざしなどの服飾品、皿などの陶磁器まで綺麗に展示されていました。

 

どれもすごくみていて楽しかったですが、特にはやっぱりみていて面白かったです。

大三島にある大山祇神社という、刀などが多く保管されている場所に見学に行ったことがあります。そこは、国宝・重文指定を受けた武具類の約8割が保管されているという場所。

そこで学んだ刀に関する知識などをまた一から見返して、学び直して、さらに実物も見るという、なんとも贅沢な経験ができました。本当に毎回思いますが、記憶力が欲しい…。もう知っているはずの知識なのに、全然覚えていなかったところも多くあり、ちょっと凹んだりもしました(笑)

 

東博での目玉は、やっぱり天下五剣のうちの一つ、三日月宗近ではないでしょうか。平安時代後期に作刀された、宗近の代表作です。

細身の頭身に三日月の波紋が見られることから三日月宗近との名前がついたようです。

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私が行った時は少し列になっていましたが、カメラで写真を撮る余裕もちゃんとありました。

豊臣秀吉正室高台院の遺品」という文字を見た時、「え、あのおねねの遺品なの?!」とびっくりしました。

私に刀の良し悪しがわかるわけではないので、もし本当は三日月宗近ではない刀に同じ説明文がついていても、信じてしまうでしょう。

その事実は残念ですし、審美眼というか、そう言った価値がわかるようになりたいと思いながらも、やっぱり知っている有名な名前が出てくるとテンションが上がります

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そして、これすごい…と単純に感動したのが、大皿でした。

江戸時代に作られた佐賀藩の鍋島焼なのですが、中国の水墨画を手本として絵画風に表しています。

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他にも、清の時代に輸出用に生産された大皿で、色合いが鮮やかで綺麗な皿もありました。作られたのは数百年前なのに、なんであんなに光沢が綺麗で、色合いも鮮やかなんでしょう…。

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また、確かこれは2階に上がってからなのですが、伊能忠敬大日本沿海輿地全図(伊能図)の一部がありました!

伊能図なんて、教科書の中で見た記憶しかありません…。

いや、普通はそうなんでしょうけど、本当にここまで有名なものが資料として残っていて、(高校生だから)無料で見られるなんてさすが国立…と言った感じです。

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そのあとは、廊下からでられる中庭の風景に目を止めながら(雪が降っている景色はレアでした)、展示室をまた巡ります。

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アイヌ民族の中で使われていた窃盗などの処罰のための制裁棒や、狩野芳崖の『春庭鴛鴦』、荻原守衛の『女』、そして横山大観の『無我』までありました!!

これも美術の資料集に載ってたんですよね。やっぱり、中学校までの知識しかないのにしっかり楽しめる収蔵量ってすごいと思います。

国立さまさまです…。

f:id:chirpspring:20220226184118j:plain制裁棒

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f:id:chirpspring:20220226183032j:plain春庭鴛鴦

bunka.nii.ac.jp




そして!!!!

今回の東博で、一番びっくりした作品は、これでした。

長谷川等伯の、『松林図屏風』

確か普通に教科書にも載っていたような気はしますが、私がこれを知ったのは漫画『国宝トゥナイト』でのことです。割としっかり漫画の中で扱われていて、それを読んだ時から『松林図屏風』のことは頭の片隅にしまわれていました。

それが、なぜかあったんです…。本当、どこまで喜ばせてくれるのか。

www.tnm.jp

間近でじっくりみることもできて、なんと写真も撮れて(上手くはなかったですが)、嬉しかったです、本当に。

 

 

========

ここで、素直に「本当に綺麗な作品でした」と言えないのが悔しいです。

私は『松林図屏風』に一番時間を費やして、眼鏡もかけて、しっかり目に焼き付けました(私の記憶力ではもう失われつつありますが…)。

実際、展示室を出るときは後ろ髪を引かれるような気持ちで、何回も見直しました。

そこまで「綺麗」な作品だった。

と言いたいのですが、自分は「肩書き」にとても弱い人間です。

「国宝」「等伯」「代表作」。

そんな言葉が並んでいる作品を見て、それに引っ張られてないとは言えません。

情報を得てからその作品を見ることが好きな代わりに、そのせいで自分が必要以上にその作品の価値を自分で決めているのではないか…。

 

そう考えてしまうので、結局「素敵な作品」と自信を持って言えないんです。特にこういった知名度の高い作品には。

すごい面倒臭いなと思いますが、実際悩んでしまうのだからしょうがない。

 

それでも、ヴァチカンで見た作品や、ダヴィンチの作品、北斎の作品など、知名度があることをわかった上で、今でも鮮明に思い出せるような作品もあります。

私の中では一線を画するというか、本当に好きだった作品のみです。それも片手で数えるくらいの数なので、そこに入らないと「素敵」と胸を張って言えないのは、なんだか勿体無いというか。

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そんなことをうじうじ考えたりもしますが、実際この作品は見ることができてよかったです。

とても嬉しかったし、これからも時々思い出す作品になると思います。

皆さんにも、機会があればぜひみてもらいたいです。『松林図屏風』が展示されていた部屋は、月替わりで名作が展示される部屋。

次に行くときには何がみられるのか。とても楽しみです!

 

 

他に印象に残っているのは、『大井戸茶碗』でしょうか。

私の家は家族揃って落語が好きなのですが、落語の中に『井戸の茶碗』という話があります。

井戸の茶碗』を演じる噺家さんの中でよく聞くのは、柳家喬太郎さんの『歌う井戸の茶碗』です。弟と暗唱に挑戦するくらいには好きな作品なんですよね。

その話の中に、「井戸の茶碗か大井戸の茶碗、我が朝の土で焼かれたものにはございません!」というセリフがありました。

ここに出てきた「大井戸の茶碗」が直に見られるなんて…!

個人的にとても嬉しかったです(笑)

 

最後に紹介したいのが、タンスです。

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こちらの箪笥、源氏物語の一場面を意匠としたもの。『初音蒔絵源氏箪笥』と言います。

源氏箪笥とは、『源氏物語』の冊子を収める物です。

松の枝に鶯、2個の髭籠は、第二十三帖『初音』で、明石の上が娘である明石の姫君に送った正月の祝物を表しています。

内部には54帖の外題を全面に記した6個の引き出しを収めている、というもの。

(ほとんど博物館の展示説明をコピペしました。)

 

源氏物語は昔から好きで、全編しっかりと読んだことはまだないのですが、この場面は何回か読んだことがあります。

ですので思い入れのあるというか、印象強い意匠。

見ていてとても面白かったです!

外題を全面に記した〜と書きましたが、実際にそれぞれの帖の名前が書かれていて、読めました。

江戸時代に作られた物なので時代的にとても古いというわけではないですが、なんか嬉しかったです。

 

 

まだまだ刀剣、浮世絵、百人一首を描いたもの、本当に色々な作品がありました。

全部見たかったのに、見られなかった…。

しょうがないですよね、今度また東京に行く用事があるので、その際にしっかり見てこようと思います。

多分次に行っても、前見た作品の記憶の6割はないんだろうな。

こういう時は自分の記憶力のなさが歯痒いですが、毎回新鮮な感動をもてるということでいいことでもあるのかも!

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ということで、以上東博の作品(一部)を紹介してきました。

余談ですが、カメラでの写真撮影が許されているため、すんばらしいカメラを携えた方々が数名…。

自分もカメラを持っていったのですが、写真撮影にはあまり集中できず(負け惜しみ)、撮影の練習という意味では特に何もありませんでした…。

次はもうちょっと頑張ってみたい!

 

私は長時間作品をじっくりと見るタイプですが、色々な楽しみ方があると思いますし、一人一人にあったいつもの習慣もあると思います。

ただ、東博に収められている作品は(もちろん他のどの博物館にも共通していることですが)みていて嬉しくなるくらいに素晴らしいです。

ぜひ、機会があれば楽しんでもらいたいな〜と思いました。

 

最後までお読みくださりありがとうございました。色々なことがある今日この頃ですが、ときには博物館で心を落ち着かせて、リラックスした時間を過ごしてみてください!

東京博物館①:2時間半余りで見学したら全然回れませんでした。

 こんにちは。今日もお疲れ様です!軽井沢はめっちゃ寒くて、外を歩いていると寒さが身に沁みます…!!

 

 今日は、以前書いた東京都美術館の感想の続きとして、東京博物館の見学レポみたいなものを書いていこうと思います!

 

chirpspring.hatenablog.com

 

ちなみに行った順番としては旧東京音楽学校奏楽堂の方が先だったんですが、分量的に明らかに量の多くなる東博からまず書いていきます!

www.tnm.jp

東博には、数回行ったことがあります。

ただ、記憶にある限りでは2回のみです。東京に住んでいた頃、科学博物館だったり西洋美術館だったりは何回も行っていたんですが、東京博物館は中学生になってからの一年で二回行ったっきりだと思っています。

 

それでは、なんとなくの回ってみた感想から、何をみたかについて書いていこうと思います。

 

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まず東博を回ってみて思ったこと。

 

時間がもっと欲しい!!!!!

 

これでも、時間はとったつもりだったんです。2時間半以上とって、新幹線にギリギリ間に合う時間で東博の中をゆっくり回るつもりでした。

 

東博には、幾つかの建物があります。

まずは本館(日本ギャラリー)。

そして、特別展や日本の考古学に関するものが詰まった平成館、表慶館や東洋館、他にも黒田記念館、法隆寺宝物館、そして資料館など色々な建物が。

東京国立博物館 - 来館案内 構内マップ

 

私は、本館と平成館、そして黒田記念館に行けるといいな〜と思ってました。

今考えると、甘すぎたというしかありません。

 

結局2時間半以上費やして、しっかり見ることのできた場所は本館の8割にも満たないのではないでしょうか。

最後の方は本当に駆け足で、なんならいくつかの展示室はもう飛ばして帰りました。

しょうがないことではありますが、もったいないことをしたなと思います。

 

東博が非常に大きい博物館ということはわかっていましたが、まさか一人で回っていて2時間半も一つの建物に欠けるとは思っていなかったんです。

 

もともと、展示物はかなり見る方だと思います。

基本的に知識が備わって初めてその作品の価値が理解できると私は考えているため、解説文と展示品を何度も見比べたりするからです。

正直展示物よりも展示解説文を読む時間の方が長かったりするため、そこは少しもったいないとは思っていますが…。

 

ただ、東博があそこまで大きいとは思っていませんでした。

日本のあけぼのから始まって江戸時代の文化まで。20以上の展示室に分けられて、時代順に展示されています。

実際に時代順に見ようと思えば、2階の展示室1からみなければいけないのですが、私は初めて行くこともあり一階の展示室、11番の彫刻から見始めました。

点字資料、音声資料、翻訳済みのパンフレット、さまざまなサービスがあり、さすが国立博物館だなと思った記憶があります。

 

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全体的に縄文時代から江戸時代までの美術作品を通して、日本の歴史を学ぶというか観覧するのですが、その時代それぞれの特徴的な工芸品だったり、どんどん進んでいく文化の流れが、見ていて引き込まれるようです。

 

さすが国立と感じたことの一つには、その展示物の豪華さも挙げられます。

「国宝」「重文」

そんな表記が所々にある、文字通り「選りすぐり」の作品たちです。

 

先ほど書いたように、基本的にはそれぞれの部屋で時代別に展示されているのですが、一階はジャンルごとに展示されている部屋もあり、見やすさにも気を使っているところが好きでした。

彫刻と一口に行っても、奈良時代から鎌倉時代で彫刻の用途も価値もかなり変わってきます。

仏像の目の形の移り変わりなどは、違う展示室に置いてあれば絶対に気づかないため、同じ展示室で本当にありがたかったです…。

 

みて回っていた際に思ったこと、感じたこと、学んだことは数え切れません。

ただただ楽しかったです。

あんなに展示品を見ることが楽しいとは思っていませんでしたし、一人であそこまで集中できるとも思っていませんでした。

たいていは家族で博物館に行くため、そうするとじっくり見る派の私と母親が一緒に行動するんです。

私が素通りしたところでも、母親が「これ◯個前のあの展示と似てるね」とか、「さっきの展示の解説に共通してるね」とか、より作品を楽しく見る方法を教えてくれるため、じっくり楽しむことができていました。

 

しかし、今回は私一人だけ。

どうなるんだろうと思っていたら、記憶力のない私でもどんどん引き込まれるくらいには展示が豊富で、面白くて、深いものばかりだったんです。

 

こんなところに、高校生なら無料で入れるって…

本当に信じられないです。ずっと高校生でいたいと思いました。

上野は科学博物館と西洋美術館を見に何回も来ているのに、なんで東博には全然来ていなかったんだろうと、少し後悔した気分です。

自分が東京を離れてから東京の価値にまた気づくのは、忸怩たるものがあります

 

 

さて、2000字書いてきたところで、東博の全体的な感想兼説明は終わりにします。

ここからは、一つ一つの展示品の中で記憶に残ったものや印象的だったものについて触れていこうと思っています。

実際に書いてみたところ、かなり長くなりそうなため、すぐに続きとして記事であげます。

そちらもぜひ読んでくださるとありがたいです!

 

最後までお読みくださりありがとうございました。やっぱり、知識を得て、経験を得るって、贅沢で、嬉しくて、大切なことなんだな〜って実感できたと思います。

少し宣言:やりたいことをやりたいように

こんにちは。みなさん、いつもお疲れ様です!

 

今日は、ちょっと息抜きにささっと記事を書いていこうと思います。

息抜きというか、この頃思ったことを簡単に書いていくというか…。

 

ほんのちょっとネガティブ要素を含んでいるかもしれないので、あまり陰気な気分になりたくない人はブラウザバックしてください!

 

なんかこの頃、色々あって自分も余裕がなくなってるな〜って感じることがあるんですよね。

 

別にやらなきゃいけないことがいっぱいあるわけではなくて、自分の自己管理能力のなさが引き起こしているものなんですけど。

例えばやらなきゃいけないことがあっても、動画をずっと見ちゃったり本を読むことをやめられなかったり。

 

そうするとどうなるかっていうと、無意識に余裕がなくなっていって、結果的に友達と話している時にあまりノれなかったり、ちょっときついことを言っちゃったりします。

それで、後からめっちゃ落ち込んだりします。

そう思ってることを少し前に友達に伝えたら、「全然その発言きついとは思ってなかった…」と数人に言ってもらえたので、自分が色々考えすぎちゃったりネガティブ思考に陥っちゃったりしているだけなのかもしれないですが。

 

もともとあまりコミュニケーションが得意なタイプではなく、人と話すことも楽しいし自分でやりたいことをやっていることも楽しいし、っていうタイプです。

本をこの前数冊読んだんですけど、すごく楽しくて、やっぱり読書したいって思いました。同じことが、数学の勉強でもありました。友達に数学を教えてもらったんですけど、やっぱり好きな勉強ならすごく楽しいんですよね。

 

寮生活の中で、ご飯の時間は決まっているため、毎回誰かと一緒に座って食べます。

でも、ご飯を食べた後で「今日も喋らなかったし、空気悪くしてないかな」とか「全然このノリがわからない…」とか思う時がないわけではなくて。そうだったら、別にずっとそこに座っていなくてもいいんですよね。

 

一つ強調しておきたいのが、私は友達と話す時間が大好きだし、それを求めてISAKに来ました。

だから、それが嫌になっているとかそれで辛い思いをしているってわけではありません。本当にそれだけは言いたいです。

学びになることもいっぱいあるし、単純に楽しいです。大好きな人たちもいっぱいいるし、面白い。

 

それでも、やっぱり合う話と合わない話ってあって、例えば私は一対一の方が快適に話せるというか、大人数での会話だと聞き役に徹したくなるんですよね(変に会話に入ると空回っちゃったりすることも多い気が自分ではするので)。

中学校の時はそんなことなかったのにな〜とか思ってみても、これまでは一日8時間しか一緒じゃなかったクラスメイトと24時間一緒にいるわけですし、人も違えば話す内容も少し違います。

そりゃあ環境がこれだけ変われば自分の性格だって少しは変わります。

 

一匹狼になるわけではないけど、余裕がないなって自分で思っているなら、寮の中でどれくらい人と関わるかを一回見直してもいいかな、って思いました。

 

例えば、今まで30分〜1時間かけてた夕食(やっぱり人と座るので、会話が続いて気づいたら時間が…なんてことも多いです。)で、どんだけ会話が楽しくても25分経ったら強制的に部屋に帰って読書だったり勉強する、とか。

授業まえに時間ができたら、入りにくい会話をもし周りがしてたら焦らずに自分のしたいことをするとか。

 

そうやって、人と話す時間を少し見直して、自分のやりたいことをしよう。

…っていう風に思っていても、正直それで友達がいなくなる気はしないんですよね。

少しぐらい話す時間が減ったとしても、仲良くしてくれる人が少なくとも数人はいると思ってるからこそ考えられることなので。

それを考えると、幸せな環境にいるな〜とか思ったりします。

周りに嫌われたくなくて、その場から抜け出せない…という話は本の中でも何回か読んだことがありますし。

 

極端なことを言えば、一匹狼になっても、本当に自分のやりたいこと・やるべきことに焦点を当ててできるだけ時間を有効活用するような生活の仕方でもいいと思ってます。

でも、話していたいと思う友達が何人もできたので、それは寂しくなりそうだからやれません。

 

結局、今まで1500文字使って書いてきたことって、視点を変えると

「ちょっとタイムマネジメントできなくなってるから宿題とかをやる時間増やしま〜す」

っていう至極当たり前のことにもなるんですけどね。

 

なんか、この頃人といて純粋に楽しい時と、あとで「自分だめだったな…」って後悔しちゃう時間があるので、余裕がないなら楽しめない時間は減らしていこうかなっ!って思ったのを書いてきただけです。

 

あんまり落ち込んでるとかバランスが悪くなってるとかじゃなくて、なんなら今ちょっと疲れてた状態から上がってきてる最中です。

高名の木登りじゃないですけど、病み上がりが一番大事ってよく言うじゃないですか。

だから、「よし、頑張ろ〜!」ってなってる今こそちょっと自分を大事にというか、見直していきたいな〜って。

 

 

こうやって言葉にして整理しないと、私は「夕飯25分で切り上げる!」とか言っても結局絶対やらないので(書いてもやるかわからない)、ブログでわざわざ書いてきました。

お目汚し、すみませんでした…。決してネガティブな記事じゃなくて、私の中では前向きになっていこう!!っていう記事なので、そこらへんよろしくお願いします!

 

 

最後に、嬉しいニュースをひとつ。

ずっと待ち望んでいた、ISAKのオンラインで学習中の海外生徒が、まだ日にちは決まってないものの、順々にISAKに来れることとなりました!水際政策の中での留学生受け入れ。

本当に嬉しいです。このためにISAKにきたんですから!!

 

正直、楽しみだけど「ルームメイトと仲良くなれるかな…」とか思うのも本当です。だって、今まではなんだかんだ日本の社会の中で生きてきた人も多かったから、共通意識も多かったですし。それが少なくなっていって、しかも私がコミュ力がないためSNSでもあまり話していない…

ちょっと不安だけど、それは多分「途中から入る」形になるオンライン生徒の方が不安になる要素が多いはずです。

 

不安はとりあえず置いておいて、学年が完成するのを待ち侘びています!!

本当に、楽しみです!!

 

ということで、今回は特に読者の方には関係のないような記事を書いてきました。博物館レポも含め、色々書いてみたいことはたくさんあります。そういうものも自分で「自分の時間」を作って書いていきたいです。

最後までお読みくださりありがとうございました。ちょっと整理がついたかな。いつもとはまた少し違う感じの記事でしたが、これからの記事を楽しんでいただけたら幸いです!!

東京都美術館 Everyday Lifeと、上野の記憶

こんにちは。ブログを読んでくださっている皆さん、今日もお疲れ様です!

今日は、冬休みに行った博物館などの記録を書きながら最近思ったことを書いていこうと思います。

 

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 私は、冬休み中に用事があったため東京に行ったのですが、上野近くでのことだったため、久しぶりに山手線に乗って上野の博物館に行ってきました。

行ったのは、

  1. 東京都美術館
  2. 東京音楽学校奏楽室
  3. 東京国立博物館

の3つです。

最初都美術館に行ってから科学博物館に行こうかと思っていたのですが、科博は予約制だということを完璧に忘れていたため、科博には残念ながら行けず。

雪の日だったため外をぶらりと歩くこともできず、結局近くにあった旧東京音楽学校奏楽堂に行きました。

そして、別日にまた時間があったため上野の東京国立博物館に行ってきました。

一箇所はもともと行く予定がありませんでしたが、3箇所全てとても面白かったです。

 

 

 これから、数個の記事に分けて博物館の記事を書いていこうと思います。

まず、都美術館から

 

私が行ったとき、都美術館では

  • 上野アーティストプロジェクト2021「Everyday Life: 私は生まれ直している」
  • 東京都コレクションでたどる<上野>の記録と記憶

の2つを展覧会として開いていました。

Everyday lifeの方はあまり何が展示されているか知らなかったものの、昔上野の下町博物館に行ったこともあり、記録と記憶の展覧会は楽しみでした。

 

 多分東京都美術館って初めて入ったんですが、かなり広めのエントランスに加え展覧会として開いていたのはそのうちの一部。

あまり時間がなくゆっくりとは見られませんでしたが、他に何が見られるのかもう少し調べておけばよかったです。

 

 

Everyday Life: 私は生まれ直している

 

 二つの展覧会は併設されており地下が上野の歴史、地上がEveryday lifeといったふうに分かれていました。

まず見たのは、Everyday lifeの方。どうやら第5弾目の上のアーティストプロジェクト展覧会らしく、戦前から現代までの6人の女性作家の作品を飾っていました。

 

特に記憶に残った作品がいくつかあるのですが、残念ながらそのうちのいくつかは写真を取ってはいけないもので…

桂ゆきのコラージュ画、貫田洋子の津軽こぎん刺し(糸を編んで刺繍したもの)、川村紗耶香の和紙を使った作品、色々なものがありました。

 

その中でも特に綺麗だと思ったのは、まずガラスで作られた小曽川瑠那作品でした。

「けしきを織る」という題名で用意されたさまざまな模様の入ったガラス。

展示灯も相まって、想像が膨らむような幻想的な空間だったように思います。

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そして、極め付けは『息を織る 2021』でした。

この作品は、ただただ同じくらいの大きさの丸いガラス玉が何十にも吊り下がっている…というもの。

 

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正直最初に見た時は、「めっちゃ映えそう…」という感想でした。

しかし、説明書を読んでみると「一つ一つが息を吹き込んで作ってあるもので、それぞれの形は違う」そうです。

飾られているのは2021年のものでしたが、ホームページには2015年のものの説明がありました。時期が違うだけで、作っている工程などはほとんど同じだと思います。

 

ガラスを記録メディアと捉え、現在、命の痕跡や消えゆく風景、慣習を記録する方法を探っている。

病気を患ったことで、自身が生きていた痕跡のようなものを残したいと考え、

取り組み始めたこの作品は毎日ガラスの球を吹くことを起点としている。

見えない息が可視化された時、生きていることを実感する。喜びの瞬間の記録でもある。

 

こんなに綺麗な「息の形」があるんだな、と。

それぞれのガラスに、いつのものなのかちゃんと日付が書いてあるんです。

それがいくつも積み重なって、『喜びの瞬間の記録』となる。

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ただただ単純に、綺麗だな、美しいな、と思いました。

ガラス作品にここまで意識を取られるってほぼ初めての経験だと思うんですが、家に帰っても「小曽川瑠奈」の名前を検索して、作品を探しました。

技術がどうとか、細工の仕方とか、そんな知識は私にはありません。

でも、もっとこの人の作品を見てみたい、と思わせるものがあったんだと思います。

 

そして、そのガラス作品の展示室の横に、同じく記憶に残った人の作品がありました。

その人の名前が、常盤とよ子。

Wikipediaでは、「日本における女性写真家の草分けの一人」として紹介されています。

その紹介に違わず、彼女は戦後すぐに横浜でカメラを抱え、その中で生き抜く女性の姿を撮影。

その後は女流写真家協会を作るなど、カメラ界に大きく貢献しています。

 

展示されていた彼女の写真は、いわゆ洋パンを撮ったもの。

洋パンとは、在日米軍将兵を相手にした街娼のことです。

彼女は当時の横浜真金町遊郭地域に出かけ、そこで米兵相手の女性たちの姿を隠し撮りすることからはじめました。そのうち女性たちが検診を受ける病院や遊郭の室内での撮影も可能となり、「同性の側から見る彼女たち」を取ろうとしていたのです。

それから、「働く女性」に焦点を当てた写真をより多く取るようになり、売春防止法成立の後は女性たちの更生寮にも目を当てるようになりました。

 

今まで触れたことのないテーマで、正直驚きました。

歴史の裏に隠されることの多い売春婦という存在。

その存在に真っ向からカメラを向け、展示されるほどの枚数をとってきたということ。

こんなテーマで写真を撮る人がいたんだ、と思いました。

 

一応カメラも持っていて、学校の写真部にも入っています。単純に「生活の一部を切り取る」ことができるという面でも、憧れます。

別に自らカメラを見てポーズしているわけではありません。本当に、生活の一部を表しているんです。

しかも、題材が題材です。

私たちにとっては「非日常」のことでも、彼女らにとってみればそれが10年余りの「日常」だったんです。

 

写真が艶めいたものなわけではありません。

夜の仕事を始める前の、化粧をしている姿。

家に向かって歩いている姿。

洗濯をしている姿。

特別なものがあるわけではない、普通の生活と一瞬錯覚します。

 

それでも、アメリカ兵と一緒に歩いている姿や病院で検診を待っている姿を見るとその途端に彼女らの職業を思い出します。

歴史的に彼女らの存在がどう扱われているのか。

そのことについてこのブログで触れたいわけではないのですが、どう言葉にすればいいのかわかりません。

 

ただ、強烈な写真だな、と思いました。

興味を惹くし、もっと見てみたい気持ちもあります。

でも、一言で「いい写真」というのは何か違う気がする。

 

ガラス作品もそうですが、この作品も、「綺麗だな」と思います。

人が生きている姿が、その一瞬が、カメラの中に収まる。

それが、綺麗だと思います。

 

以上が、「Everyday Life:私は生まれ直している」の感想です。

特に印象に残ったお二方を紹介しましたが、私のカメラロールにはもっとたくさんの作品が残っています(もちろん写真撮影可能な作品のみです)。

原爆の作品、雨が降っている作品、冬の山の作品、温かみのある作品もあれば、突き放されたような印象を受けた作品も。

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美術館って、やっぱりいいな、と思いました。

 

上野の記録と記憶

そして、満足した後にのぞいたもう一つの展覧会が『東京都コレクションでたどる<上野>の記録と記憶』

江戸末期から昭和時代までの、「上野」を扱ってきた作品が多く展示されています。

こちらは、その地域の資料を時代別に展示した郷土資料館の豪華版のようなもの、という印象でした。

 

明治時代の作品の中から驚いたことを挙げるとしたら、まず1番に上がるのが

不忍池が明治時代には競馬場として扱われていた」ということ。

競馬に少しハマっている身としては、かなりの衝撃でした。

子供の頃に何回か言っていた、あの不忍池が競馬開催地だったなんて!!

使われていたのは8年ということでしたが、確かに展示されていた絵では、ジョッキーの服がダボついていたため時代を感じました(今はシュッとしています)。

まあそれはいいとして、昔の上野の姿を知る機会も特になかったため、こうやって博物館や動物園ができる前の上野の姿を文章や絵で見ることができたのは貴重な機会だったな〜と思います。

 

そして、時代は私の知っている上野に変わっていきました。

まずは、大正時代。その出来事が起こった数ヶ月後に描かれた絵でも、その悲惨さはとても伝わってきます。

大正12年9月1日、関東大震災です。

今でも小学校の時から教わる、防災の日のきっかけとなった大震災。

上野ももちろん被害を受けました。

 

あの地震では、地震の大きさももちろんのこと、昼食準備の時間にちょうどかぶっていたため火災での被害がもっとも記憶に残るものとなりました。

 

(今回は行きませんでしたが、私の好きな「江戸東京博物館」。両国駅が最寄りなのですが、近くに横綱町公園という公園があります。関東大震災による被害がもっとも沖勝った場所の一つであり、記念碑と復興記念館が立っています。本当に小さい時に記念碑を見た記憶はあるのですが、もう一度行きたい場所のうちの一つです。)

 

関東大震災を見た人が描いた、大震災発生当時の火に塗れた姿。

そして、その震災の後の復興を遂げた「新東京百景」。

自分の知っている上野に近づいたような気がしました。

 

そして時代は昭和に

やっぱり印象に残るのは、戦中・戦後の上野の姿です。

特に印象に残ったのが、桑原甲子雄さんのとった「出征軍人留守家族記念写真」です。

これは、出生に出かける前の軍人さんとその家族をとったもので、数十枚飾ってありました。家族4・5人で写っている写真もあれば、お母さんらしき女性と軍服を着た若い男性で写っている写真も。

よく言われる「死んだ兵士にもそれぞれ家族はいる」という言葉

それを肌で感じたような気がします。

 

当たり前のことですが、出征した軍人にはそれぞれ家族がいて、中にはお母さんを一人で残していかなければいけなかった、という人もいたはずです。

そして、結果的に帰れなくなった人も多くいました。

写真で残っている家族数十組だけを見ましたが、上野に限らずどの地域でもこういうことが起こっていたんだと思うと色々と考えてしまいます。

 

戦後の上野も、二段階に分けて展示されていました。

まず戦争直後の、上野の「暗」の部分

地下道に寝転ぶ人々の姿をスケッチしたものです。

子供たちだけがうつっていスケッチもありました。

体全体というよりは、体の一部にピントを合わせてその情景を描いています。

「悲惨」という言葉を使うことが正しいのか、わかりません。

今の生活水準から行ったら「悲惨」という言葉も間違っていないと思うのですが、それはそこで生活していた人にとっては日常だった一コマです。

その後、上野はまた発展していき高度経済成長期に写っていきました。

ここまでくると、親しみやすい動物園などの作品が増えて、知っている上野になります。

 

知識として新しく得たものは、そこまでなかったと思います。

戦後の暮らしなども、色々な写真集に乗っているものと比べてとてもインパクトがあると言ったものではなかったと思います。

だけど、こうして私の知っている「上野」という場所が明治時代からどういう歴史を歩んできたのか、という形で示してもらうと、知識を得た、得ないだけでは収まらないものがあるんだと思います。

より身近に感じるというか、歴史をただの一ページとしてではなく、その地域の人に注目する形で学ぶことができます。

 

最後に

東京都美術館は、最初は「めっちゃいきたい!!!」というわけではなかったのですが、いざ行ってみると色々な出会いもありましたし、発見もありました。

1番の出会いは、やっぱり小曽川瑠奈さんのガラス作品でしょうか。

まだ時々ネットで検索して、どんな作品があるのかを調べています。

 

本当に楽しかったし、これからはフェルメールが来るはずなので、フェルメールも都美術館で見てみたいです!

 

最後までお読みくださりありがとうございます。思ったより長くなってしまいましたが、東京都美術館の感想を書いてきました。次からは他の博物館の感想を書いていこうと思います!