うぐいすの音

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『サピエンス全史 下』No.3〜人類の直面する問題&人類は人類を超えるのか〜

 こんにちは。この記事と後一つぐらいで、サピエンス全史の感想を終わりにしようと思います。もうこれ、感想じゃなくて解説ですね…

 本の感想を書くのってやっぱり難しいですが、とりあえず書かなきゃ始まらないので、書いていきます!

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目次

 

『サピエンス全史』とは?ざっと説明 

 今回は、『サピエンス全史 下』の感想をまた書いていきます!

ユヴァル・ノア・ハラリさん著で、訳は柴田裕之さんです。上下巻合わせて500ページほどで、内容は多岐にわたり、読んでいる間は濃い時間が過ごせると思います。

 

 

 

 今まで本の感想&内容解説をしてきたので、そちらも是非ご覧ください!

上巻の感想はこちらからで、 

chirpspring.hatenablog.com

 

下巻の感想はこちらからです! 

chirpspring.hatenablog.com

 

 今までの内容を簡単にまとめると、

上巻はホモ・サピエンスと他の人類種の進化から始まっています

そこから、人類が体験してきた三つの革命について。

  1. 認知革命(7~3万年前にホモ・サピエンスが直面した、新しい思考と意思疎通の方法の登場)
  2. 農業革命(1.2万年前に人類が穀物の栽培を始めて定住等が始まったこと)
  3. 科学革命(500年前より起こった、無知の認知による科学の大発展)

の三つです。前の記事では、下巻の科学革命に関する部分の途中までフォーカスしてきました。

 

産業革命の起こり、エネルギーをどう使えたのか

 それでは、感想(解説⁇)の方に移っていきます!

まずは、産業革命について。産業革命は、18世紀ごろからヨーロッパを中心に起こった産業の主体の変化のことです。

 

 産業革命以前、人は木や風、水力などによって火を起こし、船を動かし、穀物を挽きました。ですが、これらの資源には明確な限界と問題があったのです。

 木はどこでも手に入るわけではなく、水力は川の近くに住んでいないと役に立ちません。

 それに、人類は一つのエネルギーを別の種類のエネルギーに変換する方法がわかりませんでした。

そして18世紀ごろ、熱エネルギーが運動エネルギーに変換されることが発見され、蒸気機関が発明されました。その後、様々な種類のエネルギーが電気エネルギーに変換され、さらにその電気エネルギーが他のエネルギーに変換されることにより、今の暮らしが成り立っています。

 このエネルギー変換により、植物の成長サイクルと太陽エネルギーの変化サイクル(昼夜、季節)の二つのサイクルに支配されてきた時代が終わったのです。

明かりが整備されるようになり、温度調節も可能となり、旬を気にしなくても食べられるものが増えてきました。

 

 本にはこう書いてあります。

じつは産業革命は、エネルギー変化における革命だった。この革命は、私たちが使えるエネルギーに限りがないことを再三立証してきた。 

 

 実際、エネルギー源を人間は今まで数多く発見してきました。にも関わらず、化石燃料が枯渇すれば悲惨なことになる、と恐れる人はとても多いです。

 それはなぜでしょうか。

私たちに不足しているのは、エネルギーではなく、私たちの必要性を満たし、そのエネルギーを利用して変換するための知識だそうです。

 私たちのもとに届く太陽エネルギーのうち、世界中の植物や人間が消費するエネルギーは全体の1000分の1ほど。太陽エネルギー以外にも、核エネルギーや重力エネルギーなどの巨大なエネルギー源に囲まれています。

 産業革命の間に、私たちは周りを囲む膨大なエネルギーの存在に気づき始めました。

私たちは、これまでよりも性能のいいポンプを発明しさえすればいいのだ。

 

自分の考え:「限りある」資源を、「限りある」ままにするべき?

 …と本には書いてありますが、正直私はこの考えがあまり好きではありません。

私たちには確かに、地球上にあるエネルギーの変換の仕方がまだあまりわかっていません。でも、だからと言って変換の仕方を総力を挙げて探すべきとも思いません。

 実際に、今私たちは生態系を崩し、自然を壊しています。人類が現れてから今まで、進化した動物などもいるでしょうが、絶滅した動物も数えきれないのではないでしょうか。

 その上で、さらに人類の限界を引き上げようとすれば、何かが起こって人類が絶滅(もしくはそれに近い状態)にならない限り、エネルギーの変換法を学者たちはどんどん編み出して行く気がします。

それができるかどうかはわかりませんが、実際に調査等は進むでしょう。

 矛盾しているかもしれませんが、「今人間が使っているエネルギーをもっと効率よく使えるように〜」と太陽エネルギーの変換の効率を上げるのは悪くは思いません。なぜなら、確かに今地球上で私たちが主に使っている火力発電の燃料は尽きてきていて、数十年後には限界が来るとわかっているからです。

 しかし、今手を出していないエネルギーにまで手を出すと、もう止まらないような気もします。近年、こういった環境問題に対しての意識が高まっているからこそ、ここから新たなエネルギー活用方法を思いつき実行してしまうと、それが何回も繰り返されて行くことも予想されます。

 

結論:今使っているエネルギー変換の効率を上げるのは必須かもしれないが、新たなエネルギー(核や重力など)に手を出すと、これから限りなく資源を貪り尽くす可能性がある …と思いました。

 

世界は今平和なのか

 この本では他にも、個人の立場が近代どう変化したのか、や、今世界が平和であること、などについて書いています。

 第二次世界大戦以降、国家内部での暴力が減少しているかについては意見が分かれる人もいると思います。が、国家間の武力抗争がかつてないほどまでに減少していることは誰も否定できません。

 例えば、南アメリカの国家間で生じた最後の重大な戦争は1941年のエクアドル・ペルー戦争。

アラブ諸国である国が他国に全面的な侵略を仕掛けたのは1990年のイラクによるクウェート侵攻。

国境紛争や他国への武力介入、数多くの内戦やクーデター暴動などはとても多く発生しています。 しかし、湾岸戦争を除けばアラブ諸国同士が全面的に戦果を交えたことはなく、イスラム教全体で考えてもイラン・イラク戦争があるのみです。

アフリカでも多くの紛争が起こっていますが、それらは内戦やクーデターであることが主で、「アフリカの年」以降征服を目的として他国に侵攻した例はほとんどありません。

 つまり、一年以内に全面戦争に繋がってもおかしくない筋書きを想定しうる政体(第1次世界大戦前のヨーロッパ諸国や、古代中国、古代ギリシャなど)は、ほとんどないのです。

 

 こういった事例は、核兵器による大量虐殺の脅威や、平和を是とするエリート層が世界を治めていることによって成り立ちます。また現在の「グローバル帝国」では、多くの国の独立性が弱まり、単独で全面戦争を開始したり遂行することが限りなく不可能に近づいているからです。

 この現状は、今後変わるかもしれず、平和の方向に進むのか、残虐な方向に進むのか、私たちにはまだわかりません。ですが、こうやって「不安があるかないか」を前提に話を進められる私たち(日本やヨーロッパ諸国など、紛争がほとんどない地域の人々)がいることが、普通ではなかったことなのかもしれません。

だが歴史的視点に立つと、私たちがこうして楽観できることこそが、素晴らしいのだ。人々が戦争を想像することすらできないほどに平和が広まった例は、これまでに一度もなかったからだ。

 

人類の生物工学の発展により、人類は「人類」を超越するのか

 そして面白かった内容があと一つ。

私たちは、科学革命やその後の発展により、DNAをいじくりまわせるところまで進化してきました。

 生物工学の発展により、細胞や核のレベルに至るまで生物の仕組みの理解が深まったため想像もできなかった可能性が開かれました。

 1996年、牛の軟骨細胞を背中に移植した本物のマウスの写真が、新聞やテレビに登場しました。この写真は、できれば本をめくってみてもらいたいものです(245ページ)。細長いマウスの背中に、耳に似たような形の骨がニョッと突き出ていて、マウスの胴の縦幅より軟骨の縦幅の方が大きく見えます。

自然の摂理を壊しているというか、直接的な言葉を使うと気持ち悪い、と思ってしまいます。

遺伝子工学により、さらに驚くこともできるかもしれないからこそ、倫理や政治、イデオロギー上の問題が多数発生しています。

動物愛護運動家は実験動物に対する扱いを非難し、人権擁護運動家は超人を生み出して人間たちを奴隷にするのに遺伝子工学が使われることを非難します。

ハタネズミはマウスに似た、小さなずんぐりとした齧歯類で、そのほとんどの種類が乱交型だ。だが、オスとメスが永続的な一夫一妻関係を結ぶ種が一つある。遺伝学者たちは、ハタネズミの一夫一妻制の原因となる遺伝子を単離したと主張している。遺伝子を一個加えただけで、ハタネズミのドン・ファンを誠実で愛情深い夫に変えられるのなら、齧歯類動物(と人類)の個々の能力だけでなく、社会構造も遺伝子工学で改変できる日は、遠くないのではないだろうか? 

 

もし遺伝子工学で天才マウスを作り出せるのなら、天才人間も作り出せないはずがない。もし一夫一妻制のハタネズミを生み出せるのなら、パートナーに誠実であり続けるように行動様式が固定された人間も生み出せない道理があるだろうか?

 

 

 一部の科学者たちは、マンモスの復活や、ネアンデルタール人の復活までをも視野に入れて研究を進めていきます。

そうすると、ホモ・サピエンスは他の人類種と関わることで、別の「種」になるかもしれません。もしくは、想像できない何らかの発明が起こり、人類すらも超越した存在になるかもしれません。

サピエンスの認知革命が他の人類種にとって理解できなかったのと同じように、サピエンスを超えた「超人」的存在が何になるかは、私たちには予想もできません。

 

 これからの未来には、いろいろな道があります。どうなるかは私たちにはわかりません。本文の最後では、私たちが唯一試みられることが「科学が進もうとしている方向に影響を与えること」だと書いています。

私たちが自分の欲求を操作できるようになる日は近いかもしれないので、ひょっとすると、私たちが直面している真の疑問は「私たちは何になりたいのか? 」ではなく、「私たちは何を望みたいのか?」かもしれない。この疑問に思わず頭を抱えない人は、おそらくまだ、それについて十分考えていないのだろう。

 

まとめ:繋がる知識

 …ということで!『サピエンス全史』は、こういった内容のことが書いています。かなり内容もバラしましたが、まだまだ書いていない知識や文章、内容なども(特に上巻に)多くあるので、ぜひ本も読んでいってください!

 サピエンスが始まってから、これからどうすればいいのかまで、幅広い内容を順序に沿って追いかけていけます。

本を読んでの全体的な感想等は、次の記事に書いて、それでこのシリーズを終わりにしようと思っています。かなり長く書いてしまいましたね…

 特に近代についての部分では、よく「サイボーグ人間」などという言葉が漫画に出てくるように、私が今まで聞いてきた未来への懸念と同じようなことがより正確に書かれていて、読んでいて恐ろしかったです。生き物を好き勝手にできる存在というものを、倫理的にみて許していいのか、いろいろ考えさせられます。

 

 最後までお読みくださりありがとうございました。字数を少なく描けるように、と言われたこともあり、出来るだけ少なく…とは思っていたのですが、やっぱり難しいです。感想文のように字数が設定されていないので、書きたいこと全部を描きたくなっちゃいます。ぜひ次の記事もご覧ください!

 

 

追記

 

chirpspring.hatenablog.com