うぐいすの音

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義務教育を終えて、中学校を卒業しました。 〜いろんな人との出会い〜

 こんにちは。この頃は長野でも夜まで10度を切らない日が多く、とても過ごしやすいです。あったかくなってきたな〜と感じます。

 

 今回は、前回書いた記事の続きとして中学校での経験を振り返っていきたいと思います!

 この3年間で、引っ越しもあったので、色々な人に出会ってきました。その最たる出会いの場は、もちろん学校です。クラスの人、学年の人、先輩や後輩、そして先生方。それに加え、ワークショップ等でお会いした人もいました。

 

 

 私がよく影響を受けたのは、中学校の先生方です。もちろん、担任の先生が一番印象に残っています。

 私は3年間で2人担任がいましたが、どちらの方にも助けていただきました。中一の時は、生徒会本部に入っていたことから、先生のうちの1人とトラブルになってしまった時に。中三の時の担任(中二の時も担任でした)には、友人関係で少しトラブった時に。

どちらの体験でも、「自分の味方になってくれる」人が担任で、本当にありがたかったです。

 中三の時には、先生がクラスのことをよく見ていることを改めてしり、ますます尊敬するようになりました。

 中一の時は、相手が役職のある先生ということもあり、助けてくれて尽力してくれた担任の先生の存在の大きさに改めて気づき、感謝しました。このことは今でもよく覚えている出来事です。

 

追記:今確認したら、中一の時の先生の言葉を紹介した記事を「私の中にある言葉」で紹介していました。記事の最後に貼ったので是非ご確認ください

 

 ちょっとこれについてもう一回書きたくなったので、話が少しずれます。この出来事が起こったのは中一を終える間際。転校の数週間前でした。それを、2年のお正月の時点で私はブログでこう書いています。

早く動けなかったせいかもしれませんが、引っ越し直前に起案書を提出したことについて先生のうちの一人から痛烈な言葉をいただきました。

正直それはさすがに言いすぎだったと思うし、今思っても怒って正しかったと思います。

ただ、生徒がやろうとすることに対し、消極的な先生は必ずいるということや、事なかれ主義な大人がいることなどを実感できました。結局生徒がどれだけ新しい企画を考えても、実行に移すのは先生だしただでさえ忙しい先生方に負担をかけることになります。

新しいことをやろうとするには苦労は必要ですが、それを面倒くさがる人は大勢いるし、それが普通です。新しいことをやろうとしたら、そのめんどくさがる気持ちを上回るだけのメリットがないといけません。

これが、今年学んだことの中でも大きいことかなと思います。

↓この記事より

chirpspring.hatenablog.com

 

この記事からまた1年以上経った今、少し考え方が軟化しているな、と思いました。その時は3月の、終業式数週間前でした。そんな時期にいくら学年が引き継ぐからといって、新しい起案を出すのは割ときついと思うし、いやに思った先生がいるのも当たり前です。

ましてや、転校する生徒が主に動いているのだったらうまくいくか不安な気持ちも大きくなるでしょう。ただでさえ忙しい時期の先生方にご迷惑をおかけするかもしれません。

 それを考えると、先生の気持ちもわかるなと思いました。その時の言葉は、まだ間違っていたとも思いますが、予想できたことではあるはずです。13歳の子供にとっては痛烈な一言で、影響力も大きかったですが、今の私なら先生の気持ちも少しは理解した上で、反論できただろうなと思います。

 

 そもそも、長野に来て気づきましたが、「起案」というのはどんどん学年が変わっていくなかで新しい活動をする生徒会にとって、必要不可欠な手段です。その手段の撮り方がしっかり定まっていないのは、少しお粗末だな、と感じました。長野で入った生徒会(本部ではなく委員長でした)では、良くも悪くも形式張っていましたが、「起案をする」などのよくあることをする手段や方法はしっかり示されていました。

 今私が東京でもう一回生徒会をやっていたら。と思うことはありますし、長野でも「こうしたかった」というのはいくつかあります。ただ一方で、それをやってうまくいくと考えるのは私のおごりだとも思います。

 

 とりあえずは、昔と考えが変わったことを成長と捉え、次の学校生活に生かしていきたいです。

 中二・中三の時の担任の先生は連絡先を知っているので、成人した時にでも胸を張って報告できるような数年間をこれから送りたいと思っているのですが、中一の時の担任の先生とは連絡が取れていません… その先生の言葉も今の私に大きく作用しているので、住所が変わっていなければ年賀状とかで進路を報告したいな、と思っています。

 

 

 3年を通して担任の先生には色々な面で物事を教わって来ましたが、もちろん担任以外の先生たちにもお世話になってきました。

 このブログに書いた例の一つは、中一の時の国語の先生です。この記事を読んでもらえば当時のことがわかると思います。

chirpspring.hatenablog.com

  簡単にいうと、あまり理にかなうと思えない宿題が出て、それに対して宿題内容を変えてもらいたいというお願いを出した…ということなのですが、これは中学校で初めて先生に逆らった、というか、反抗した、出来事として記憶に残っています。その国語の先生は、授業がかなり形式張っていて、先生が進めたいスタイルが完全に出来上がっている授業をしていました。だからこそ、お願いが通った時は少なからず驚いたし、一年生の最後の方で教材を見て思ったことを自分でまとめて提出したら、課題というわけではないのにチェックしてくれて、少しそれについて話すこともできました。

 

 国語に限らず、色々な先生が色々な授業をします。その全部が面白いというわけでもなく、つまらないと感じた授業だったり、苦手と感じた授業もありました。だけど、一回苦手と思ってしまうと、色メガネを外すのがとても難しくなります。一年生の時の私は、それで損していました。生徒会本部に入り先生方と授業以外で接する機会が増えたことで、偏見をなくそうと意識はしていましたが、もっとまっさらな状態で意欲を持って授業に取り組みたかったです。

 

 それでも、2年の時からはその経験を生かして、自分から授業を楽しくしようと思っていました。…と言っても、みんなのためということではなく、自分本意なものではありましたが、そのおかげで英語の授業中にハリポタの翻訳をしたり、理科で質問をめちゃくちゃしたり、楽しめたと思います。そう考えると、国語の先生にはある意味大きな影響を受けているのかな、とも思いました。

 

 それで記憶に残っているのが、社会の授業スタイルを変えてもらったことです。恥を忍んで言いますが、私は三年の2〜3学期(だったと思います)の社会の授業で寝てしまうことがありました。一階のめっちゃ日差しが暖かい席だったとか、疲れてたとか、言い訳したいですが、墓穴を掘りそうなので(もうすでに掘ってるかも…)やめておきます。

 それまでの社会の授業ではそんなことはなかったのですが、理由として内容が歴史から公民になったことになります。歴史の授業は、もともと私が歴史が好きなのを除いても、ポイントが多いし、資料から読み取ることも多いので話し合いの時間が活発になります。

それに比べて、公民では資料を読み取ると言ったこともなければ、単語を覚えるだけになるので、自然と先生の話を聞くだけになります。

 コロナの時から、社会の授業では先生が自作プリントを用意し、重要単語を穴埋めするだけだったので、公民の授業は話し合いもなければ板書することも少なく、覚えることは単語が多いという状況になっていました。

 先生個人も「公民の授業は楽しめる要素が少ない」と2人で話しているときに漏らしていたし、資料をみることが多い経済の授業は受験範囲の短縮によりカットされていたため、何人かは楽しめていなかったと思います(そもそも勉強が楽しいと感じる人もそれほど多いわけではありませんが、それまでの社会の授業は楽しんでいる人が多かったので…)。

 

 ということで、少しでも楽しくするため、

「授業時間50分を2分割して、最初の数十分間は生徒だけで話しながらプリントを穴埋めする。そのあとは先生が答えあわせをしながらポイントを解説する。」

と言ったスタイルにしては、もう少し活発になるのではと提案してみました。

 社会の授業でもよく質問していたり、先生が気さくというか、フランクというか、対等の立場で話してくれる人だったので、言えたことだったと思います。流石に仲のよくない先生に「寝ちゃうからスタイル変えてください(もちろんこういう風には言ってません!)」なんて言えません…

 

 先生も、快く了承してくれて、その次の授業からはスタイルが変わっていきました。考えてくれたのか、以前よりも明らかに資料集からの引用も増えていて、プリントを解くには教科書のみではできないような感じになっていました。

 その社会の先生は、本当に尊敬しています。最後の授業でも考えさせられる話を聞かせていただいたし、どれだけ質問しても嫌な顔一つせず逆に褒めてくれる、とても優しい先生でした。

 それに、先生の中には、生徒を無意識に下に見たり、友人関係に似た関係を作ろうとフランクになりすぎたりする人もいますが、社会の先生は私たち生徒を尊敬してくれていました。それを先生自ら言ってくれることもありましたし、それが感じられることも何回もありました。

 できれば将来積もる話をしたいな〜と思うような先生でもあります。人を受け入れる姿勢や、物の考え方、使う言葉、教わることが多かったです。

 

 

どうしよう、、先生、友達、周りの人、色々な人について書こうとしたら先生との思い出話だけでもう4000字近く書いてしまいました…

 時間も長くなってしまったので、そろそろ切り上げようと思います。次の記事は短くなると思いますが、全く読めません… 

ちゃんとした作文なら添削したり文章縮めたりしますが、ブログなのでこのままにしておきます!

 

 ということで、今回は先生方の思い出みたいなのを書いてみました!委員会顧問の先生、教科担任の先生、一人一人でそれぞれ千字くらいかけると思います… これからISAK入学までは暇なので、それまでに書いていきたいです。別に先生方がブログを知っているわけでもないですが、思い出保存のためです!!

 一応この記事の締めとして書いておきますが、本当に色々な先生に中学校生活であって、色々な先生に助けられてきました。迷惑をおかけしたことも多々あったと思いますが、経験の一つ一つがいい教材になっています。教わってきた期間、迷惑をかけた回数に恥じないように成長していきたいです。ありがとうございました。

 

 最後までお読みくださりありがとうございました。今回は、先生の数人との思い出を書いてきました。次回は先生以外との思い出を書いていきます。それで、また書くことがなくなったくらいで他の先生との思い出も書いていきたいです。

 

 

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